D.C.IIISS ~ダ・カーポIIISS~
そして演説の前日。
相変わらず、カレンは俺の部屋にいた。明日の演説の最終調整ということらしいが、実際はどうだったのだろうか。
……隣にいるカレンに聞くのが一番早いだろうが、答えてくれるかは疑問だ。
「―以上で、演説を終わります」
……と、そんな事を考えているうちに終わってしまったようだ。
「どうでしたか?」
「ああ、よかったよ。ただ、少し声を大きくしたほうがいいと思う」
前評判は断トツで一番だ。ただ、それは前評判の固定票が一番多いということだ。浮動票がどう動くかは俺にもわからない。今回に限って浮動票が多めだ。
ただ、当のカレンは。
「分かりました。では、明日はこんな感じで頑張ってみます」
と、このように余裕のようだ。……一体何が彼女についているのだろうか。
「それは、あなたですよユーリさん」
……えっ。
「お前何言ってんの?」
心を読まれたのはまあいい。しかしだ。
何言ってるこいつ。
俺は内心緊張しながらもポーカーフェイスを装い、カレンに聞いた。
「他意はありません。そのままです」
……驚いたな。ついこの前まで俺にそっけなく接していたと思ったらこれか。
だがこの思いとは裏腹に、胸の奥では何か締め付けられる感覚がしていた。
……おそらく、まだ迷っているのだろう。俺の悪い癖だ。禁呪を行使してからの事なのだが、何かと悪い方向にばかり考えてしまい、あらゆる事を押さえ込んでしまうということがある。自分でも理由は分かっている。俺は大罪人だ。だが実際に罰される事はない。それでも禁呪の行使は禁忌に触れる。いや、そもそも俺が行使したもの自体が禁忌すら反しているものと言えよう。
そんな俺と、カレンが結ばれていいものか。……おっと、こう考えるの自体が俺の悪い癖だったな。
「……どうしました?」
「うおっ」
考え事をして目の前の事がおざなりになっていた。難しい顔をしていた俺を心配して、カレンが俺の顔を覗き込んでいたようだ。
いや、そんなことはどうでもいい。"目の前"に、"カレンがいる"ということが問題だ。
俺はそれだけで少し硬直してしまった。それは目の前の少女も同じく。顔を真っ赤にして俺に正面を向けて俺の膝の上に手をついている。
あ、カレンって以外といいニオイすんのな。
いやいやいやいやいや!!!俺何考えちゃってるんですかね!?そもそもなんか言葉変になってるですがそれは!
「あう……」
数瞬の後、カレンが目を反らした。その顔はさらに赤くなっていた。おそらく俺も同じような顔をしているのだろう。
「……悪い、考え事をしていた」
「そ、そうですか……」
沈黙。長い空白の後、俺は耐え切れずに無意識に言葉を発した。
「カレン、明後日暇か?」
勿論、明後日は十二月二十五日。クリスマスだ。毎年学園長主催でクリスマスパーティーが開かれている。勿論カレンも知っているはずだ。
「……暇ですけど……ユーリさん、いいんですか?」
意図が分かってくれて助かった。
「勿論だ。てか、一緒にまわってくれると嬉しい」
俺は本心から発した。あとは返事を待つだけだ。ないだろうけど、これで断られたらダメージは相当でかい。
「わかりました。じゃあ、お願いします」
勝った!……けど。
「じゃあ、明後日はよろしくな」
結局。搾り出した言葉はそれだけだった。
その後すぐ、カレンは荷物をまとめて出ていった。去り際に『失礼します』という辺り、少し居づらくなっただけなのはわかる。
ただ。俺も疲れ果てて混乱していた。あんな顔見せられて、俺だって気が気じゃない。
「全く……。この前俺の心を読んだ癖に、卑怯だよな……」
俺はそのままベッドに倒れ込み、少し目をつぶる。カレンの事を色々考えてしまう辺り、俺はカレンの事が好きらしい。いや、好きなんだろう。
ではカレンはどうだ?あの反応からして、俺の事を意識しているのだろうか。あるいは、それが自意識過剰なせいであって、実際は俺の事など微塵も想っていないとか。
……なんでだろうな。俺って、こんなだったか?
いままでなら、無理だとスルーしていたことなんだろうが、それがこんなにも何とかしようと考えている。
……結局。
「結局、そういうことか」
案外、俺って単純なのかもしれんな。今まで生きてきた……いや、生きて来過ぎたおかげで達観していただけなのだろう。要は、難しく考えるなって事か。前にもそれを考えていたが、それでも出来ていなかったのか。もっと視野を狭めて見ればいいのか。
以前にも増してすっきりしてきた。風呂にでも入って寝るか。
明日はクリスマスイヴだ。そして明後日には、決着を付けようと思う。
変に流れた汗を流した俺は、すぐにベッドの中へと入るのだった。
◆ ◆ ◆
選挙当日。
俺は朝から役員として仕事をしていた。去年までは俺と有志だけでやっていたことだが、今年は他の役員がいるため幾分か楽だ。
「……今年は杉並が何かやらかさないといいが」
俺はそう言いつつため息をつく。
「そうね。去年も、あなた一人で大変そうだったものね」
同じくリッカもため息をつく。彼女の言葉からわかるとおり、去年は俺だけで杉並の阿保みたいな所業に対応しなければいけなかった。……今年は優秀な役員がいるから、何とかなるといいが。
「あっ、ユーリさん」
「ああ、シャルルか」
時期会長候補と今から名高いシャルルが俺の元へと走る。あ、ちょっとこけかけた。
「なんだ、どうした」
とりあえず俺は触れないようにする。
「はい、学園長がユーリさんに言伝を」
やっぱり触れないで欲しいらしい。
「……なんだ?」
「今日の挨拶、お願いしますね、だそうです」
「あー、そうか」
そういや、あいつ昨日から出張だって言ってたな。主に王室的公務で。
「あと、杉並を連れていくとも言ってましたよ」
「巴、それマジか?」
「はい」
俺は肩の荷を下ろした。
「去年のような、阿保みたいな事は起きないと思いますよ」
「ならいいが」
まあ、おそらく毎年やっているような事が裏で行われていると思うがそれは無視しよう。だって、どこでやってるか皆目検討もつかないし。探すだけ無意味だ。
「さてと、あと一時間もない。さっさと終わらせるぞ」
俺は各々に激を飛ばし、準備を急がせた。
「そろそろか」
俺は制服のポケットに懐中時計をしまった。時刻はグリニッジ標準時午前九時半(そもそもロンドンだから気にすることはないが)。ステージの裏で待機していた俺は少し震える。
『これより、生徒会役員選挙演説を行います』
それと同時に、拡声魔法で大きくなった巴の声が聞こえてきた。それが今日の演説の開始を告げる号令だ。だが実際に演説するのは俺ではない。俺よりも候補者の方が緊張しているはずだ。そもそも普通に渡された原稿を読むだけの俺が候補者と同じだなんてちゃんちゃらおかしい話だ。
『まずは、現生徒会長ユーリ・スタヴフィードによる開会の挨拶です、お願いします』
俺はステージ脇から上って行く。壇上についた時点で一礼、そして演説台についた時点で一礼する。
作品名:D.C.IIISS ~ダ・カーポIIISS~ 作家名:無未河 大智/TTjr