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無未河 大智/TTjr
無未河 大智/TTjr
novelistID. 26082
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D.C.IIISS ~ダ・カーポIIISS~

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 場所はいつもの桜の木の真下。その手に持つのは清隆が譲ってくれた魔導書。近くにいるのは俺の恋人、一条可憐。
「ユーリさん、大丈夫?」
 心配そうに見守る可憐。
 可憐は編入して来た時から、同じ学年なのに敬語はどうなのか、と俺に対して敬語を使うことを止めていた。俺としては目線が対当になった気がしていいと思っている。
 俺はその言葉に笑顔で答えた。
「ああ。問題はない。この日のために入念に準備をしてきた」
 俺は魔導書を開き、そこに描かれている魔法陣を周りに記していった。その各頂点に自分の指を切って血を数滴垂らしていく。その傷もすぐに修復されたことから、未だ自分に呪いが掛かっていることを再確認する。
 今から俺が行おうとしている儀式は、"逆転の魔法"と呼ばれる物だ。術者自身に後天的に掛けられた魔法的異常を取り除くための儀式。
 そういえば清隆はこの魔導書を見つけた時、『これで姫乃を、これから生まれてくる葛木の娘を助けることが、そして母さんが報われることが出来るかもしれないんです。お願いします、ユーリさん。俺にはこれ以上何も出来ない。だから助けてください』と俺に言っていた。つまりこの魔導書を探し出した理由は、葛木家のお役目をなんとか無くすためだったということか。俺は当時の葛木の当主とは仲が良かったため、詳しく聞いていた。代々葛木家の娘に"鬼"と呼ばれる力が受け継がれていること。それを抑えておくための思いの力が弱まること、すなわち誰かを心から愛することで力を押さえ込めなくなるということからその娘達は常に短命であることなど全て。
 しかしこの儀式、欠点がある。それは術者に掛かっている異常が正統な物であるかどうかが問われること。俺に掛かっている物は、<最後の贈り物>という禁呪。しかし姫乃に掛かっている物は、"鬼"と呼ばれる由緒正しく受け継がれる力。俺と姫乃に掛かっている物の違いはそれだった。葛木家では"呪い"と呼ばれている力でも、それは正の力であり、強すぎる故に制御が効かなくなるだけ。俺のに掛かっているのは(言い方は変だが)純粋な呪いであり、負の力が作用している。この儀式で消し去ることが出来るのは、そういった負の力を根源とする類の物だけだった。
 このことは、清隆が生きている時には既に解読できていた。それを清隆に話した時、心底がっかりしたような表情をさせてしまった。これがあればこれから生まれ来る葛木の娘を救うことが出来るかもしれない。そう息巻いてこれを俺に依頼して来たのだ。……その後の話だが、清隆はその夜救えぬ命を嘆いて泣いていたらしい。リッカに聞いた話なので自分は見ていないが、恐らく事実なのだろう。実際、次の日にはよく見なければ目立たないがそれでも彼の目元は赤く腫れていた。そして清隆は『ユーリさん、これでユーリさんに掛かった禁呪を解除してください』と告げ、俺にこの魔導書を譲ってくれたのだった。
「行くぞ」
 準備が完了し魔法陣の中心に立った俺は、腕を交差させて魔法陣に魔力を流し込んで行く。刹那、魔法陣が淡く光り出し儀式を開始できる状態になったのだと俺は知覚した。
「可憐、離れていろ」
 俺の言葉で危険があるかもしれないと理解した可憐は、少し離れた場所で俺を見守る。
 枯れない桜の加護を受けて問題はないと悟った俺はパンッと手を叩き、直ぐ様手を魔法陣の上に翳した。その瞬間、俺の仲でなにかが逆流するような感覚が走り出し、背筋が強張りだした。俺はそれを反発せず受け流すようにコントロールし、流れ出る何かに堪える。流れて出ていくものは、恐らく禁呪による不死の力だろう。徐々に俺の中で何かの放出が止まり、魔法陣の輝きが止んだ。
 俺はどっと来る疲れからその場で倒れ込む。何かデジャヴを感じたが、気のせいだろうか。
 直ぐに可憐が駆けより、俺を抱えて起き上がらせた。
「大丈夫、ユーリさん?」
「……ああ、大丈夫だ。疲れているだけだ」
 肩で息をしながらも、俺は可憐に笑顔を向ける。
 可憐は俺に無理させまいと自身の膝の上に俺の頭を載せた。
「前とは逆だね、ユーリさん」
「あの時とは状況が違うだろう。今回は嬉しいことが起こったんだ」
 感触は確かにあった。膨大な魔力は残ったものの、俺の中から不死の力は綺麗さっぱり消え去った。
 ただし代償として魔法を使う力は失ってしまったらしい。試しに魔法を以前の方法で使ってみたが、何も起きなかった。しかしそれは魔術という方法で解決済みだ。
 何も問題はない。
 俺は手を伸ばして可憐の頭を撫でた。泣きそうな顔をしながら可憐ははにかみ、されるがままになる。
「これで全部解決だね、ユーリさん」
「ああ。俺の中の禁呪は消えた。お前と同じ時を過ごせる」
 可憐は上体を倒すと、俺の唇に自身のそれを重ねた。
 そしてもう一度微笑むと、俺を見つめた。
「ありがとうな、可憐。ロンドンの時も含めて、今まで俺を支えてくれて」
「それはこっちの台詞だよ。今まで私を待っていてくれて、ありがとう」
 名残惜しいが、俺は可憐の膝枕から起き上がると、体力を回復させる魔術を行使し、けだるい感覚を消した。
 そして可憐の手を取り立ち上がることを手伝うと、そのまま手を繋ぎ桜を見上げる。今は枯れて花は付けていないが、また次の春も綺麗に咲き誇るだろう。その時は可憐と一緒に花見に来るのも悪くない。
 考えた後、俺と可憐はその場を去る。
「行こう、ユーリさん」
「ああ」
 短く頷くと、俺達は夕日を背に歩み出す。
 俺はこれで元の魔法使いに戻ることが出来た。だが俺はもう魔法を使うことはあまり無いだろう。魔法を使わなくても、隣には可憐がいる。それで十分だった。



   ◆   ◆   ◆



 あれから五年。
 俺は復活した枯れない桜に向かって歩を進めていた。先日初音島に二人揃って戻り、俺はかねてから決めていた通り教師になり風見学園に赴任したところでさくらと再会し、転生した清隆達と再会して風見鶏にいた時のことを語って聞かせたということを聞いた。
 そしてゴールデンウィーク最終日の今日、さくらに花見に誘われてここまでやって来たのだ。なんでも再会の約束をした際に、一緒に花見をするという約束もしていたらしい。そこに俺はサプライズゲストとして呼ばれていた。一応可憐のことも聞いていたが、さくらは二つ返事で了承してくれた。
 そんなこともあって、俺は枯れない桜を目指して歩いていた。ただ可憐は弁当やらの準備をしているようで、俺に『先に行ってて』と言って俺を追い出した。そこには俺へのサプライズみたいな何かも含まれているのだろうと考え、俺は言う通りに先に家を出た。
 ……そろそろ着く頃か。
 桜公園の茂みに入り、獣道を進んで行く。少し歩くと開けた場所が見えてくる。その小高い丘を登ると、一本の大きな桜が見えてきた。
 加えて一人の少年がこちらへと逃げてくるところが見えた。
 仕方ない、これはあいつらの味方をしてやろう。
 そう思った俺は、少年とわざと衝突してその進行を止めた。
「ゆ、ユーリさん!?」