妖アパ 千晶x夕士 過去捏造
翌日、携帯を見ると、メールの着信が入っていた
差出人を見ると、『千晶センセ』の文字
開いて内容を確認すると、「帰ってきたのなら連絡しろ」と一文のみ
「いやぁー、今しようと思ってたんだって!」
液晶画面に向かって返事をしたところで、相手に伝わることもなく…
連絡しようと発信ボタンを押して、俺はすぐに切った
思い出したのだ。半年前のことを
正確には、半年前の"千晶とのやり取りのこと"を、だ
『稲葉、帰ってきたら、もう一度お前に伝えたい』
千晶に逢ったら、何て返事をすればいい?
まだ俺の気持ちは明確な答えを出していない
キスまでしておいて、何も答えられないとは男らしくない
古本屋との四年間の旅路で、奇想天外な出来事や、地元集団との激戦を潜り抜け
気力、体力、精神力は成長をしたと感じている
しかし、色恋沙汰に関しては初心者だ
異性(無論、同性も!)とお付き合いしたことはない
もちろん初恋もまだだと思う(幼少期は覚えていない)
俺は握っていた携帯を一旦机の上に置いて、「さて、どうするかな」と思案した
*
結局グダグダと考えているうちに、メールを受信してから二週間が過ぎていた
二週間ずっと千晶のことを考えていた訳ではない
実は、旅行中にアップしていたブログを「本」にしないか?と誘いを受け
帰国早々に計画が進行していた
素人の旅行記だが、生活感溢れていて面白いとの評価を受けての結果だ
担当編集者との挨拶やら、コンセプトなど、基本自由気ままな一冊にしたい旨を伝え
朝から出版社へ出向き、アパートへ帰る頃にはクタクタになっていた
「あら、新人作家様、おかえり〜」と詩人が縁側で酒を飲みながらニヘラと笑った
「ただいまっス」
体力には自信はあるが、長時間の慣れない打ち合わせに疲労感を隠し切れない
詩人の隣に座ると、るり子さんが熱燗を用意してくれた
一口飲んで「うーーー五臓六腑にしみるーー」と唸ると、「そうだ、夕士くん」と
詩人は"今思い出しました!"とい表情で、ニヤニヤ笑いながら話しかけてきた
「昼間、千晶センセから電話があったよ〜」
「え?!」
「なんかね〜、携帯に連絡しても繋がらないって言ってたけど〜」
俺はカバンの中の携帯を手に取ると、充電が切れていた
「戻ったら連絡が欲しいって伝言受けたけどぉ〜」
チラリと覗き込まれ、「ウッス、ちょっと電話してくるッス」
その場を慌てて離れ、自室へ入った
*
少し短いが充電ケーブルを伸ばしつつ、千晶の携帯番号を発信した
3コール、4コール…
運転中かもしれないし、着信が取れる状態ではないかもしれない
10コール目で無機質な留守番電話サービスが起動する直前でガタガタガタ…と
携帯を落とす音が聴こえた
「ん?千晶??」
耳を澄ますと、ガサガサと音が聞こえ『ちょっと待て』と小さく声が聞こえた
暫く待つと『すまん。稲葉』と少し息切れで千晶が出た
「かけ直した方がいいか?」
『いや、大丈夫。』
「そっか。今日はわりーな、充電切れだった」
『毎日充電しとけよぉ〜』
「いやー、ついつい忘れちゃって」
『忙しいのか?』
「まーね。」
『メールの返事も送信できないぐらい?』
「いや…それは別って言うか…」
シドロモドロ答えると、千晶は『つれないわね、ダーリン』と拗ねた口調で答えた
『逢いたい』
「お…おう」
『今から…ダメ?』
「え?今?!」
『迎えに行く』
「まぁーいーけど…」
『着いたら連絡するから』
「わかったけど、安全運転で来いよな」
『りょうーかい、ダーリン』
*
電話を切って、30分もしない内に千晶は本当に来た
詩人に「外泊ぅ〜?気を付けてねぇ〜」とからかわれながらアパートを出る
門を出たところに、赤いシトロエンがハザードを出して停車している
「稲葉」
と声をかけられ、俺は軽く右手を挙げ「よ、千晶」と挨拶する
そのまま助手席に滑り込み、千晶はハンドルを切って発進した
「なんですぐに連絡くれなかったんだよ、ダーリン」
「いや…メール受信した日に連絡しようと思ったんだけどさ…」
「だけど?」
「なんて言うか…どうあんたと向い合えばいいかわからなくって…」
「俺のこと、イヤなのか?」
「そうじゃねーよ。そうじゃくてだな…まぁー複雑な心境ってヤツだな」
俺は右側のドアにもたれ掛るような体制で窓の外を眺めた
「複雑…ね」
ポツリとつぶやいた千晶の言葉は、走行中の雑音に消され、俺の耳には入らなかった
作品名:妖アパ 千晶x夕士 過去捏造 作家名:jyoshico