妖アパ 千晶x夕士 過去捏造
"落下"という感覚よりは、自然と目的地に向かって"飛行する"感覚だった。
"目的地"と言っても目に映るのは混沌とした暗闇だけ。
「どこまで続くんだ?」
「さて。私にも判りかねます。」
ホルスの眼が見た通りならば、いずれ何処かに到着するハズだが。
「ご主人様。何やら明るい光が見えてまいりました」
「お!そろそろか?」
「いざという時の為、準備はされておいたほうが宜しいかと思いますが?」
「え?」
遠くに見ていた光の玉が、急に大きくなり俺達を包んだ
「なっ!?」
目が暗闇に慣れていたせいで、眩しくて開けられない。
ただ、先ほどまで感じられていた"飛行する"感覚が変化し、どうやら"落下"している様だ。
「…フール…これは落ちてるよな?」
「ふふふふ。ご主人様。その通りでございます」
「うわぁぁぁぁぁーー!!」
真っ白の空間から、一気に上空へ放りだされる
両耳はキーンとなり、酸素も薄い。
頭がぼーっとなるのを気合でねじ伏せ、左手を後ろポケットに廻し辛うじて「プチ」を取る。
落下しているにも関わらず、不思議と「プチ」は表紙がバタつかず、重力を無視している。
一体、どんな構造になっているのやら。
だが、今はそんな些細なことを考えている場合ではない。
「女教皇、ジルフェ!!」
「ジルフェ!風の精霊でございます!」
風が俺の身体を包み込み、近くの高層ビルへ向かって飛行する。
「さすが、ご主人様!ナイスコントロールでございます!!」
「はぁぁぁぁーーー。もうマジ勘弁。死ぬかと思った…」
何とか無事(?)に着地した俺は、無意識に止めていた息を、肺の底まで吐き出した。
へたりこんだ俺の足はガクガクと震え、背中は冷や汗で濡れている。
両手を見ると、目の焦点が合わない。
今までも古本屋とヤバイ状況は沢山経験していたが、今回ばかりは古本屋を恨むしかなさそうだ。
*
落ち着きを取り戻した後、ビルの屋上から非常口を使い階段で降りる。
非常口は閉まっていたが…ここは緊急事態ということで、ノブを破壊して入った。
ちなみに使った精霊は「ゴイエレメス」石造りの魔人形。
力の制御を誤ると扉ごと破壊してしまうが、
今までの修行の成果か微妙なコントロールが可能になっていた。
地上54階建の高層ビル「東京ミッドタウン ミッドタウン・タワー」
赤坂にある超高層ビルで、都内でもトップクラスの高さを誇る。
コソコソと隠れるように非常口からビル内部へ入り、エントランスから外へ出た
季節は春から夏に向けての時期、6月だろうか?
丁度、薄着のジャケットを羽織っていた俺は「これ幸い」と考えていた。
(真冬でこの格好だと、流石に周りの目に付く)
取りあえず、"現在"の日付を確認する為にも
広大な敷地の中を、とりあえず大江戸線へ向かって歩く。
駅付近に行けば、新聞、雑誌などが売っているハズ
南風を受けながら目的のコンビニを発見し、早速新聞を手に取る。
財布の中の日本円を懐かしく思いながらレジにて清算し、外へ出る。
日付を確認すると、20X6年6月10日(土) と記載されていた。
えっと、さっきまでの俺の"現在"は確か…
「過去に来てしまわれたご様子。いやはや残念でございます。ご主人様。」
「…だな。これ2年前だわ。」
「2年前と言いますと、ご主人様がまだ中国に滞在していた頃でしょうか?」
「あー中国からインドへ移動するぐらいじゃねーかな」
「ふふふ。古本屋殿と地元の怪しい集団に追われておりましたな、ご主人様。」
「思い出したくねぇーな…」
古本屋は行く先々でトラブルを起こし、もれなく俺も巻き込まれ毎回逃げ回る日々だった
ただ、今回は俺一人。
さて。まずはどうすればいいか。
寿荘へ行って、黒坊主の大家さんに説明すれば次元を繋げてくれるだろうか?
龍さんが居れば相談に乗ってくれるだろうか?
または骨董屋が戻っていれば、怪しい呪具で元の場所へ戻れるだろうか?
何にせよ、今の俺が頼れるのは寿荘の住人しかいないだろう。
(こんな状態で長谷に逢っても、往復ビンタ間違いなしだ)
*
ひとまず、寿荘へ向かうべく大江戸線へ足を向けたところで、クラクションが鳴った
何気なく振り返ると、見覚えのある赤いシトロエンの車
「稲葉?」
運転席の窓を開け、ひょいと芸能人バリの男性が声をかける
サングラスを外し、俺の顔をジッと見つめるが、何やら不思議そうな顔つきだ。
「…千晶か?」
まさかこんな場所で元担任に逢うとは思わなかった。
「…お前…いつ戻ってきたんだ?」
千晶は降車すると、品定めのように頭からつま先まで眺めていた。
「よっ。久しぶり。千晶元気そうだな」
「ああ。久しぶりって言うか、稲葉。お前随分と男前になったな」
「そうか?」
自分では気付かないが、千晶が言うなら少しは成人男性らしくなったのだろう。
せめて見た目だけでも成長していて欲しいものだ。
「そうだ!千晶、この後時間あるか?」
「え?ああ。」
「丁度良かった!悪いんだけど、俺を寿荘まで送ってくれないかな?」
「…何だ?別に構わんが、用があってココに居たんじゃないのか?」
「いやぁー話せば長いんだわ。とりあえず場所移動しねーか?」
休日の赤坂で、しかも地下鉄入口付近となると往来も多い。
更に千晶は目立つ。
少し離れたところでは、女性達が千晶を気にしてチラチラ様子を伺っている。
俺は「ま。千晶だから仕方ねーな」と思いつつ、本人に目で合図し車の助手席に座った。
発進して間もなく
「すぐに寿荘へ向かわなければいけないのか?」
「まぁー少しは時間あるんじゃねーかな?」
「俺のマンションが近いから、寄っていくか?」
「ああ。折角だから邪魔するよ」
古本屋には悪いが、もう暫くは閉ざされた空間の中で待っていてもらおう。
作品名:妖アパ 千晶x夕士 過去捏造 作家名:jyoshico