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No.017
No.017
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豊縁昔語―樹になった狐

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 彼の下にはそれは立派な火山を背負った駱駝や、飛ぶ鳥を蹴り一つで落としてしまう軍鶏など強いポケモンがたくさんおりました。
 赤い集団には荒くれ者が多くいましたが、そんなお頭には誰も頭が上がりませんでした。
 お頭は悪狐に言いました。

「お前の姿は書物で見たことがある。人に化けるとは真か」

 悪狐は黙って頷きました。

「ならば一つ、この俺に化けてみせろ」

 お頭がそう言うので、悪狐は宙返りしました。
 再び地上に足をついた時には赤装束のお頭が二人になっておりました。

「うむ、見事だ。ならば一月はそのままでいるように」

 と、お頭は言いました。
 赤装束の集団の中に同じ顔のお頭が二人。
 赤装束の男達は皆そろって変な顔をしましたが、二人は気にも留めませんでした。
 お頭の姿をした悪狐に彼は所作や言動を真似るよう言いました。
 お頭が遠くを指差すともう一人のお頭も指差しました。
 お頭が「火を放て」などと言うと、もう一人も「ヒをハナて」と言ったのであります。
 そして一月の後にお頭こう言いました。

「俺の真似をさせたのは他でもない、人間の所作や発音を覚えさせるためだ。次はこれだ」

 そうして今度は紙と筆を与えました。

「お前には読み書きもできるようになってもらう」
「ヨミカキ?」

 悪狐は、一丁前に人の言葉を発して目をぱちくりさせました。

「心配には及ばん。なぜなら俺が教えるからだ。それにお前は才能がある」

 と、お頭は言いました。

「サイノウがある……」

 悪狐はその時、生まれて初めて褒められた気がしたのでした。
 読み書きの訓練が始まりました。
 お頭が予言した通り、悪狐は文字通り人とは思えないスピードで文字を覚えてゆきました。
 そのうちに赤装束の中では、頭の次に読み書きができるようになりました。
 これには赤装束の荒くれ者達も驚きました。
 すっかり人と同様になった悪狐にお頭は言いました。

「お前にここまで教えたのは他でもない、お前にやらせたい仕事があるからだ」
「シゴトですか」
「そうだ。今よりお前は僧侶に化け、この国に入れ」

 お頭は地図を広げると豊縁の中にある一国を指差しました。
 その頃の豊縁は小さな国や里がたくさんあったのです。
 ここではお頭の指した場所を仮に新緑の国とでも呼ぶ事にいたしましょう。

「この国を盗れと、我等が長より直々に命が下ったのよ。だが、この国はなかなかに手ごわい。世襲の大王(おおきみ)はボンクラだが、参謀の天昇上人とかいう坊主がやっかいなのだ。お前には坊主になってこの国に入り、情報を集めてもらいたい。出来るなら上人に近づけ」
「ミッテイというやつですか」
「そう、密偵だ。いいぞ、それでこそ仕込んだ甲斐があるというものだ」

 訓練の成果を感じてお頭は喜びました。


 かくして悪狐は若い僧の姿に化けますと新緑の国に入りました。
 戦乱の世にあって新緑の国は国境を常に守護しておりました。
 また関所を設け、そこを出入りする者に特別の注意を払っておりました。ですが僧侶は別でした。
 赤も青もそれを知っておりましたから、幾度と無く頭を剃った兵士を送ったのですが、誰にも上人には近づけずにおりました。
 上人は異国からの僧侶は皆、はじまりの寺に放り込むように触れを出しておりました。
 寺で認められない限りは国の中を自由に行き来できないのです。
 そこでのあまりの修行の厳しさに皆、逃げ帰ってきてしまうのでした。
 それは厳しい修行でありました。
 日も登らぬうちから起き出して、滝の水を浴び、険しい山一つ越えた場所にある鐘を鳴らします。
 お腹をすかせて戻ってきても、出されるのは一椀の粥のみでございました。
 ろくに食べることもできずとても頭など回りません。
 それなのに七つの日が巡るごとに長い長い経の書かれた巻物の一つをそらで暗誦できるようにならなければいけませんでした。
 覚えられない者からどんどん脱落してゆくのです。

「こんなこと人間では無理だ。仙人でないと」

 同じ頃に寺に入った男は悪狐にそう言うと寺を去りました。
 しかし悪狐は仙人ではありませんでしたが、人間でもありませんでした。
 野を駆ける獣である悪狐にとって山を一つ越えることなど散歩に行くようなものです。
 彼は颯爽と山を越え、言われた通りの数、鐘をつくとさっさと戻ってきて、早速お経の暗記に入りました。
 寺は粥一杯しかくれませんでしたが、山で木の実や茸を見つけ、腹を膨らましました。
 驚いたのは上人の部下である寺の住職です。
 お頭仕込の悪狐は驚くべき速さで経を身に付けていったのであります。

「今度の外からやってきた若い僧は只者ではないらしい」

 そんな噂が天昇上人の耳にも入りました。
 彼はその僧をひと目見てやろうと都から国境近くの山寺にやってまいりました。

「お主、名は何と申す」

 と、上人は尋ねました。

「白蔵子(はくぞうす)と申します」

 そう答えた悪狐は上人の顔を見て非常にびっくりいたしました。
 上人はかつて木の実の中に悪狐を封じ、海に流した高僧に瓜二つであったのです。

「国許はどこじゃ」

 と上人はまた尋ねました。

「豊縁より北にございます。一月ほど海を渡って参りました」

 悪狐は緊張して答えました。
 すると、上人は

「ふむ、偽りなきようじゃ」

 と仰って、才あるものは都に迎えようと言いました。
 かくして白蔵子こと悪狐は上人に近づくことに成功したのであります。


 天昇上人は若い頃の名を常安(じょうあん)と言いまして、徳の高い僧でありました。
 新緑の国では摂政を任され、大王に替わり政治に携わっておりました。
 また、都には彼の開いた学院があり、政治の傍ら教鞭をとったのです。
 学院へと入った悪狐は彼の教えを受けることになりました。

「新緑の最も大切にする教えは寛容です。すなわち、受け入れること、許すことなのです」

 上人はしばしばそのように言われました。
 悪狐には教えのことはよくわかりません。
 けれど、上人が出す課題は黙々とこなしてゆきました。
 かつて悪狐を封じた僧に瓜二つの上人が出す課題です。
 怖くてとても手が抜けません。
 上人の出す課題は、宗教上の教えだけではありませんでした。
 地理学、政治学、文学、数学、天文学など多岐にわたりました。
 上人は特に白蔵子の出す地理学の報告を評価なさいました。
 それもそのはず、地理学は悪狐にとって重要であったのです。
 お頭は情報を集めろと言いました。
 この新緑を攻めるには、この国の地理を知ることが何より欠かせませんでした。
 ですから、悪狐は熱心に地理を勉強したのです。

「ここが険しい山、このあたり一帯が蕎麦(そば)の畑……」

 白蔵子は大きな紙に墨の線を引きます。
 誰にでもわかりやすいよう地図を作りました。