真夜中のスーパー・フリーク
「ビール」
注文を取りに来た無愛想な若者に負けぬ適当さで、短く返事を返す。
ガタン、と結構な音を響かせて軋む椅子にどっかりと座り込んだ。
・・・疲れた。
ここの所それなりに治安も安定してきたイーストシティといえど、深夜にほど近い時刻になれば、人通りも少なく、ふらついている人種も限られてくる。
場末の酒場は今からが本番、といった所だろうか。それなりの人数が店内にいた。
ほの暗い明かりから更に逃げるように、隅の方でこそこそしている連中をさりげに横目に伺いつつ、ハボックは懐から取りだしたタバコを銜え、火を付けた。
奥まった角の席に陣取ったため、入り口や窓越しに通りがよく見える。
飲んでる振りして観察するにはうってつけの場所だった。
カラン
扉に付けられたベルが鳴る。
飄々とした足取りで入ってきた男に何人かの男が目を向けた。
が、入ってきた男は全く気にした風もなく店内を見渡すと、ふと相好を崩して真っ直ぐにこちらへ足を向けた。
「いよぅ!お疲れさん」
あ、オレもビールね。あとザワークラフトとソーセージ。
寄ってきた若者にさっさと注文を告げると、騒がしい音を立てて彼は堂々と向かいに座った。
「・・・中佐」
「階級は無しでいこうや、な?」
まぁ今の声は本当にぼそり、と呟かれただけなので誰も聞いてはいないだろうが。
「…なんか凄いカッコですね」
「ん? 何か変か?」
「いや、変つーか何つーか…」
その紫のシャツ馴染みすぎててすげぇっつーか、どーみても真っ当でないというか、その辺歩いてて憲兵に職質されなかったかとか色々言いたい事はあるのだが。
何かもうどうでも良いような気がしてきた。取りあえず一緒にされるのがやだなーとか思った事だけは、まがりなりにも上官相手なので言うのは止めておく。
「てゆーか何でそっちに座るんですか」
「男同士で隣り合わせに座りたいか? オレにはグレイシアがいるんだけどなぁ」
ガンッ
零し掛けたジョッキを危なげなく支え、ヒューズは楽しげな笑みを崩さずにいる。と、そこへ店の若者が注文を揃えて持ってきた。机に突っ伏したまま動かない片方の客を不審そうに見やりつつ、困惑したように皿に視線を落とした。
「ああ、気にしないでいい。ちょっとお疲れなんだよこのにーさん」
誰のせいだ。
内心ツッコミながら、ハボックはのろのろと身体を起こした。
それを待っていたらしいヒューズは受け取った皿をテーブルに置くと、ジョッキを持ち上げて勝手に乾杯。諦めて軽く杯を交わすと、一口煽って溜め息を付いた。
…ああ何か、前にも似たようなネタやられたような気がする。
やった仕掛け人は現在の上司で、そういえばこの人達親友とかだっけ。
…納得だ。
良いレベルだと思う。専ら、タチの悪さとか口の回転率とか。
「何か言ったか?」
「…いや別に」
…妙なカンの良さとか。
取りあえず見ないようにしてみたりと言いたい事があるのは明白だが、ヒューズは不問に付す事にしたらしい。ただ口元を上げてニヤリと笑う。
「こっち座ってても後ろは見える。お前さんの後ろに鏡が置いてあるの気付かなかったか?」
「・・・もしかして馴染みなんですか?」
「内戦の時からの付き合いだぜ。おやっさん、そん時はまだ宿もやってたんだが」
当時イーストシティには前線基地が置かれていたはずだし、戦争経験者な2人だ、駐留してる間に知り合ったんだろう。僅かに首肯して個人的な協力者だと締めると、さて、とヒューズは視線を動かした。
その後ろに置いてある鏡越しに外を確認したらしい。
「何か動いたか?」
「…さっき酔っぱらいとおねーさんが1組入って行きましたけど、他には何も」
「そか、今からの時間が一番出入り多くなるからなぁ。明日休みだろ?のんびり行こうや」
夜半を越えて出来上がりかけの酔客を増やした酒場は喧噪に包まれ、多少声を大きくしないと向かいに座る人の声すら聞こえない程だ。
辺りを見回し、特にこちらに注意を向けている者もいない事を確認すると、「ホントに網にかかるんですかね?」とハボックは小さくぼやいた。
その訝しげな問いにはさあなぁ、と軽く首を傾げるだけ。
さて、どう転ぶのやら。
頬杖を付いてジョッキを煽ると、もう一杯いっといて良いですかね、と問うた。
***
そもそもの事の起こりは今日の昼だ。
それまではいつもと同じような光景が展開されていたというのに、中央からやってきた、上司の親友が乱入してきてから、何故かそれなりに平穏だった筈の事態は一変した。
『貸してやる。持ってけ』
猫か犬の仔でもやるかのような物言いに色々言いたい事はあったが、そこは上司の鶴の一言。
まず資料室に拉致られた上、そこで聞かされたのは、中央で軍関連の店ばかりを狙う連続強盗団の話。
まだそれぞれを繋ぐ線の裏付けはないのだが、中央で売り出し中の新進のテロ組織との関連も徐々に取り沙汰されてきている。
そう、奴らが暴れはじめた頃、中央近辺で検挙されるテロリストたちの持つ装備が新式のものに切り替わり出しているのだ。
裏で奴らが糸を引き反政府系同士の横の連携を強めているのかもしれない。もしもそうなら、厄介な事になってくる。
今回は偶然に助けられ事なきを終えたように見えたが、その場で確保した者からの情報で、その中の一人、主犯格の男だけが逃げている事が判った。
ヒューズはその男の足取りを追ってイーストシティまで辿り着き、ロイの所へやってきた。そして中央所属の筈の彼の情報を、ロイは当然のように受け取り、何も詳細を聞かぬままにさっさと直属の部下、つまりはハボックを貸し出してしまった訳だが。
…貸し出された本人はまだいまいち納得出来た訳じゃないんですが、はい。
「―――で、結局その強盗団の連中って何だったんですか。さっきうまい事やってるとか何とか言ってましたけど」
「何だかな…どうも裏に何か結構デカイのがついてるような気がすんだよなー」
今回はたまたまたいした被害は出なかったが、計画の段取りを聞き出した所、かなり子細な下調べの元に組み上げられていることが判った。
進入経路、金の流れ、警備の交替のタイミング等々。
「よっぽどヘマしない限り、成功するだろうな、って感じではあったな」
「…で、向こうにとっては想定外の事故が起こった、と」
「こっちにとっては棚ぼたって奴だな」
「前歴持ちとかっていたんですか?」
「たいていは中央周辺の街から集められたゴロツキばっかりでな。テロ関係の組織に所属してたマエは無し。ついでにほとんどお互いの素性を知らない。つまり手入れか何かあっても互いの繋がりが薄い分、何人かしょっ引かれてもたいして痛くない」
「・・・金に困ってる荒事慣れしてる連中はその辺にたくさんいるから、人員補充にも事欠かないって事ですか」
「そゆこと」
しかも、仲介してた奴も裏で糸引いてる奴からの間接的な指示で動かされているだけとくる。指示は書面だったり、電話だったり、なるべく痕跡の残らないものできてたらしい。
「結構厳重ですねー…」
作品名:真夜中のスーパー・フリーク 作家名:みとなんこ@紺