真夜中のスーパー・フリーク
中央のマークは東部まで及んでいない、と思っているのか。連中が動いたのは割とすぐの事だった。
店の裏手に回っていたヒューズに手招きされ、無言で後を付いていく。
奴らは街の裏手の道を明かりも持たずに3人で移動している。
イーストシティの外れにあたるこの辺りは極端に街灯の数が少なくなる為に、身を潜める暗闇はいくらでもある。こちらにとっても尾行には好都合だった。
闇に紛れやすいようにだろうか、黒っぽいフードを頭からすっぽりと被った3人は小走りに人通りのない通りを急ぐ。途中、間に挟まれている小柄なフードは、どうも怪我でもしているのか、時折よろめくのを前後の2人掛かりで支えてやっていた。
やがて、3人は郊外のスラムにほど近い屋敷の前で立ち止まった。
辺りの様子を何度も伺い、先頭のフードがおもむろに足下の小石を拾い上げて中へ放った。
「…空き家か?」
「…の、筈です。つい最近まで市街で店やってた男の家ですよ」
高い塀に囲まれていて中の様子は窺えない。だが、屋敷に明かりが灯っているわけではないのは遠目でも見てとれた。ただし見える範囲は2階だけで、奥までは判らないが。
しばらくすると門の向こうから誰かが来たらしい。先頭のフードが何か会話をすると、門が開き、3人は門の中に消えた。
「・・・どーしましょ」
「そーだなぁ…」
セオリー通りでいくと、ここは一端引き返して報告、が正解なんだけど。
怪しい事この上ないが、目当ての連中かどうかの確認はしておきたいんだが、と続ける。
確かに。
踏み込んでみて、何か近所の人たちの人目憚る集会でした(どんなのだ)、何てオチが待ってたら格好悪い。
「お前さん戻ってても良いけど」
「ここまで来させておいてそりゃないでしょ」
というかまがりなりにも上官放っておいて帰れるかっつーの。
「・・・お前、いー奴だなぁ」
「何スかそれ」
「いらん苦労背負い込むタイプだ」
では、と言うだけ言って、一応壁の上に見える範囲には特に仕掛けも無い事を見て取ると、ヒューズは思いの外軽い身のこなしで壁によじ登り、向こうに消えた。
何か直前に聞き捨てならない事を言っていたような気がするが、その切り替えの早さに突っ込む隙を外されたような気がする。
「…何か慣れてんなー…」
デスクワークが主な仕事、とか言ってた割には。
よ、と同じく壁を越えて中に降り立つと、茂みに身を隠して屋敷の様子を窺う。
中は割と広い空間があった。手入れする人間がいなくなったのが最近だったからか、あまり荒れた様子はない。庭のあちこちには身を隠すのに良さそうな、何だかよく判らない像だの何だのが置かれている。
そこを伝いながら少しづつ屋敷に近付いた。
しばらく様子を窺っていたが、見張り役はそう真面目に見回っている訳ではなさそうだ。たぶん2人。特に警戒をしている訳でもなく歩きながら呑気に話しなぞしている。
話のネタも下世話な世間話で何の事はない。
見張りはこちらが身を潜めている茂みのすぐ傍まで来たが気付く様子もない。とりあえず1週目はクリアかな、と思った所で。
視線を感じて顔を上げると、何だかよく判らないがヤな感じのする笑みとかち合った。
視線が合うのを確かめてから、指先でちょいちょいと見張りを示す。
え、と思う間もなかった。
というか何がやりたいのかは伝わったので、相手の動きに反射的に身体が動いた、といった方が良いのか。
「! なッ」
暗闇から身を躍らせて、ほぼ同時に当て身を喰らわせると暗がりに引きずり込む。
「い、いきなり何すんですか…!」
思わずのっちゃいましたけど。
「ちゃんと判ってるじゃねーか。良い反応だな、少尉。そういや何か別のやってたっけ、お前さん」
「ええまぁ…って違うでしょ! 見つかったらヤバイっすよ」
「んー…わかってんだが、ちょっとな。何か引っ掛かってよー」
だから確かめてみたいわけ、と事もなく言うと、傍にあった窓をから中を覗き込み、誰も使っている気配のないことを確かめて、窓に手を掛けた。
…開くし。
それを確認するとヒューズの口元に刻まれた笑みが更に深くなる。
行くか? と無言で確認され、大きな溜め息で返した
とりあえず気絶させた見張りさんたちは騒がれると面倒なので、武器を取り上げて傍らに放り出し、剥いた上着やらで厳重に縛り直しておいた。
もうここまで来たら一緒だ、と唱えつつ。
踏み込んだ部屋は客間のようだった。
持って行けなかったのか何なのかは知らないが、応接セットで何故か無駄に豪華そうな椅子だけが取り残されている。
部屋の内装や調度品とかもある程度残されたままだ。何か慌てて出てったのだろうか。
「ちゅ…」
「ちょっと待った」
「!」
前触れ無く灯された灯に、闇に慣れた目を灼かれた。
「動くな」
続いて聞き慣れた金属の触れ合う音とか。
「…あー…」
やっぱり。
***
「武器を捨てろ」
まぁそう言われるだろうな。というかよく考えたら言った事は多々あるが、こんな人数に囲まれた上、逆に言われたのははじめてじゃないだろうか。
こんな時でもお前はそれか、と腐れ縁の同僚に言われそうだなぁとか思いながら一つ息を吐いた。ちょっと定員オーバーっぽい。
どうもご丁寧にお待ちいただいていたらしい。あーあ、と思いながら腰のホルダーに突っ込んできたベレッタを床に放り出す。隣でヒューズも同じような表情をしながらホルスターごと外している。とりあえず3丁の銃を取り上げて、乱入してきた男達はにやにやと下卑た笑いを浮かべた。
「こんな所まで夜分遅くにご苦労だったな」
人数的な優位もあるんだろう。揶揄する気満々で男達は低く笑う。
定番だなぁと何か開き直ったかのように呑気な事を考えているとはたぶん思いも寄らないだろう。
全体でどのくらいいるのかは知らないが、まぁ十人以上はくだらないか。
どうしようかな、と思っていると、隣でヒューズが大仰に息を吐くのが聞こえた。
「まーそんなこったろーなーとは思ったんだがなぁ」
「思ってたんならやらないで下さいよ」
しまった。素でツッコんでしまった。
一瞬呆気にとられた男達だったが、優位を確信しているからか、何だぁ仲間割れか?と一斉にからかいの声が飛んでくる。
一頻り笑いを収めると、中央にいる男は鼻で笑った。
「残念だったな。中央からネズミが付いてきてるって事は判ってたんだよ。まぁこんな所まで付いてくるマヌケとは思わなかったが」
「最初から判ってたって?」
「そうだ」
ふーん?と気の抜けた返事を返しながらその答えを聞いていたヒューズは、一つ笑うと、おどけた調子で続けた。
「じゃ、やっぱ中にいるってワケだ」
「何がッスか?」
「内通してる奴。オレの行動把握してるってことは結構上らしいな」
だってオレが今回東部に出張してる事、向こうじゃほんの一部しか知らない筈の事だから。
中央のリーダー格の男の笑みが、そのまま張り付いたように凍った。
絶対優位に立っていると思い込んでいる人間に隙を作る事は案外簡単だ。余裕ぶっている分、思わぬ事態に遭遇すれば容易く足下を崩せる。
作品名:真夜中のスーパー・フリーク 作家名:みとなんこ@紺