妖アパ 千晶x夕士 『想』
どういう裏ルートで?、なんて今更考えても仕方ない
今日はゲストスピーカーとしてブラッドフォード大学に夕士たちはやってきた
古本屋は珍しく無精ひげを剃り、髪を束ね、スーツ姿で隣に立つ
今日は『マネージャー』というポジションらしい
夕士も急きょスーツを用意してもらい、グレーの三つボタンスーツに身を包む
この大学では社会国際学部の平和学科が有名で、日本の留学生も多い
夕士は今まで旅した時に感じた「平和と紛争」をテーマに1時間30分に及ぶ
演説を行った
講演中は学生が各指定された一ヶ所の場所に集められる
臨時『マネージャー』はその間に『プリンセス・メアリーのギフトブック』の持ち主を探す
段取り通りのぶっつけ本番講演は無事終わり、夕士は古本屋を探した
すると、「夕士!」と声がかかり振り返る
「見つかりましたか?古本屋さん」
「ああ、目星はついたが…」と煮え切らない感じで答えた
「どうしたんっスか?」
「んー、奴さん『人間』じゃないんだよ」
「え?!」
古本屋が目星を付けた人物とは、日本人留学生の一人で『三枝美紀』だという
彼女は去年交換留学でブラッドフォード大学へ来たことが調べて分かった
古本屋曰く
「『人間』としての気配が少なく、かといって『妖魔』『妖怪』でもない」とのこと
「お前、彼女と接触してくんね?」とウィンクした
「俺ッスか?」
「そう。夕士なら彼女の懐まで入れると思うよ」
なんだか面倒事ばかり押し付けられている気がするが---
と、考えるがこの件をクリアしないと夕士も帰国できないので断るのは難しい
(古本屋を置いていくという選択肢は最初から断たれている)
「学部は分かってるんスよね?」
「『生命科学部』の『考古科学』。学生寮に住んでる。これ写真ね」
「りょーかいッス」
夕士は『生命科学部』があるキャンパスまで肩を落しながら歩いて行った
時折通り過ぎる学生に写真を見せては「知ってる?」と聞いて場所を特定する
見かけたよ、と言った生徒の情報を元に歩いていると、
大きな木の下で本を読む彼女を発見した
サイドを結わいあげ、長い黒髪を風に揺らせながら木陰に座っている
夕士はわざと靴底を足音を立てながら近づく
5mぐらいの距離になり、彼女は読んでいた本から顔を上げた
俺と目が合った彼女は、色白で、その肌色に黒髪が映え、美しい女性だった
「こんにちは」
夕士は右手を挙げ、挨拶をする
「稲葉先生ですよね?」と彼女は立ち上がりながら答えた
「『先生』って呼ばれ方、未だに慣れなくてね」
苦笑いしながら答えると、「それじゃ、稲葉さん」と気さくに答えてきた
「邪魔したかな?」
「いいえ。大丈夫です。私に何かご用ですか?」
「いや、キャンパス内を歩いてたら日本人のキミを見かけたから、近づいたんだ」
良ければ名前を教えてくれるかい?と尋ねると「三枝美紀です」と笑顔で答えた
「この後、時間があるならお茶でもどうかな?久しぶりに母国語で話したい気分なんだ」
そう俺が言うと、「じゃ、キャフェテリアに行きましょう」
と夕士の腕を掴んで引っ張った
随分と積極的な子だなぁーと関心しながら付いていく
*
「私、稲葉さんの小説『インディーとジョーンズの緑の魔境』大ファンです!」
「そう、ありがとう。差支えなければ感想聞かせてくれるかな?」
無難なところで、彼女との話題を繋げ好感度を上げる
ちなみに夕士が"演じて"いるのは、長谷表向きバージョンを改良したものだ
(講演等でメディアに露出する機会が増えたので、長谷に特訓してもらった)
「思った通り!稲葉さんって素敵です!!」
「ははは。それはありがとう」
若干、顔が引きつったがご愛嬌。おそらく彼女は気付かないだろう
「ところで、さっきは何の本を"視て"いたんだ?」
「あ、この『絵本』ですか?」
彼女はトートバックから一冊の絵本を取り出し「これです」と言って前に差し出した
「見ても?」と聞くと「どーぞ」と彼女は微笑み返す
タイトルは『プリンセス・メアリーのギフトブック』
慎重にページをめくると、沢山の妖精たちのスケッチが描かれていた
その妖精たちには『羽』が生えている
無言でページをめくり、絵を凝視していると
「興味ありますか?」と声をかけられた
一瞬、ビクッとしたが平静を保ちつつ「ああ、『妖精』だよね?」と答える
「彼らは実在しますよ」とニコリと笑顔で話す
「キミは信じてるんだね?」
「ええ、もちろんです。だって私『妖精』と『人間』のハーフですから」
「!?」
クスクスと笑い「冗談ですよ!」と言うが、その時の表情は真剣だった
「もし…『妖精』に逢えるとしたら、稲葉さんはどうしますか?」
「どうする、とは?」
「『捕獲』したり、『解剖』したり…とか?」
「俺だったら、『会話』をする、かな」
「どうしてですか?」
「貴重な体験だ。まずは『話』をして意思疎通を図る。無論、言葉が通じるか分からないが」
肩をすぼめながら答えると、彼女は「素敵」と呟きウットリしている
クスクスクス…と背後から聞こえる声
確認せずともわかる。古本屋だ。
実はキャフェテリアに入る前から古本屋が後を付けていたのは気付いていた
夕士の羞恥心は、今朝ホテルのゴミ箱に捨ててきた
だが、ここで笑われても「あんたの為にしていることだ!」と叫びたい衝動が湧きあがる
右手で口を押え、ブツブツ言っていると「そうだ!」と言って彼女は『絵本』を差し出す
「気に入ったのなら、差し上げます」
「はい?」
「稲葉さん、この『絵本』に興味があるようなので、よろしければどーぞ」
「いーの?貰って?」
突然のことで口調が戻ってしまったが、気にしてられない
「はい、どーぞ。その代わり…」とテーブルに身を乗り出して俺の手を握る
「近々、一時帰国するのでデートしてください!!」
「へ?」
ガタッと後ろに座る古本屋の椅子が大きく動いた
「その条件、承諾した!『マネージャー』の俺が保障する!」
ドンと胸を叩き、チラリと夕士を見る
『何を勝手に決めてるんッスか!』
『いいだろ?減るもんじゃねーし』
『俺がそこまでする必要ないでしょ!』
『お前がデートしねーと本が手にはいらねーだろ?』
『じゃ、古本屋さんが代わりデートすればいいでしょ!』
『奴さんの希望はお前だろ?行けよ』
『イヤですよ!大体こんなこと千晶に知られたら…』
『ほー千晶センセーに知られると不味いのか?』
『いやっ!?からかわれるでしょーが///』
『どっちにしても、お前このままじゃ帰国できねーよ?いいの?』
視線だけの無言のやり取りを行い(テレパシーとは違う)
ガックリと肩を落した夕士は ハァーと深いため息をつき、
渋々彼女とメアド交換を行った
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico