妖アパ 千晶x夕士 『想』
人通りの少ない坂道を宿屋に向って下る
「良かったな!夕士。一石二鳥じゃないか!!」
「何がです?」
「俺は『絵本』が手に入った。お前は『彼女』が出来た」
「……」
「いやーめでたい!今日は祝宴を上げるぞ!夕士!!」
「…俺、日本に帰りたいです」
「ははは、何?もうデートのことで頭いっぱいか?」
このオッサンは俺のストレス度合が分かってない様だ ---
夕士はそう考えると無性に腹が立ち…
「『審判』!ブロンディーズ!!」
「ブロンディース、死者を呼び覚ます神鳴でございます!!」とフールが続く
「おいおい…勘弁してくれよ!冗談だって、な?夕士?」
「…行け」
ブロンディースは音の弾丸をマシンガンの様に古本屋に放つ
ギリギリのところで交わしつつ「ごめんって!夕士ちゃーーーん」と飛び上がっている
「既にお気付きかと存じますが、ご主人様?」
「ああ、『彼女』本当に『妖精』の血を引いてるかもな」
遠くの方で、うおぉぉぉぉーーーという叫びが聞こえる
ブロンディースも古本屋にじゃれているように見える
--- ったく!
夕士は古本屋に悪態を付きながらも、
これ以上ブロンディースを出しておくわけにもいかず…
「戻れ!ブロンディーズ!!」
スーっと『プチ』の中に入るのを確認し、古本屋の方へ向きを変え近づいていく
「無駄口叩く前に、『彼女』のこと"視えた"ッスよね?古本屋さん」
「…はい、くすん」
地べたにしゃがみ込み「もう少し年上には敬意をだな…」とブツクサ文句を言っているが
夕士は無視して「で?」と睨み、目線で先の言葉を促す
「ありゃ俗に言う『ハーフエルフ』だな。人間と妖精のハーフ」
「…おとぎ話だと思ってました」
「実際にお前は"知っている"だろ?
『幽霊』『妖怪』『妖魔』そして『精霊』、そこに人間と"混ざった"存在がいても
不思議じゃない」
「でも、彼女の"耳"は尖ってませんでしたね」
「それも俗説だからな。人間側の血の方が強いのかもしれない」
--- いずれ『彼女』とは、日本でもう一度逢う可能性が高い
何があるかは分からないが、用心するに越したことはないだろう ---
夕士は「面倒事に巻き込まれた」と再びガックリしながら宿屋に戻った
*
無事帰国となり、ロンドン・ヒースロー空港の出発ロビーでチェックインをしていると
「稲葉さん!」と三枝美紀が小さなキャリーバック・カートを引いて近づいてきた
「ん?三枝さん、どうした?」
頬を赤く蒸気させ、息を整えながら「私も日本に帰国します」と答える
「大学は?」
「今日から夏季休暇に入りました」
「…そ、そうなんだ」はははは、と夕士は乾いた声で笑う
「おっと!夕士、野暮用が出来た。先に日本へ帰ってくれ」
「え?!」
じゃーな、と手を振りながら去っていく古本屋を見ながら「逃げるなー!!」と叫びたかったが
グッっと言葉を飲み込み「い…いこうか?」と声をかける
「はい♪」と自然と夕士と腕を組み「行きましょ♪稲葉さん」とご機嫌だ
やれやれ、と苦笑いし夕士達は搭乗ゲートへと移動した
*
流石に座席は違うだろう---と考えた夕士が甘かった
正確には場所を交換し、現在夕士の隣には三枝が座っている
もちろん、腕は組んだまま
「鉄の塊って怖くないですか?」
空港で購入した小説を読んでいると、おもむろに話しかけてきた
「飛行機が怖い?」
「うーん、生理的に受け付けないんだと思います」
あ、でも高所恐怖症じゃないですよ?高いとこ好きだし♪と続ける
「遺伝かな。母も鉄が苦手でした」
過去形?と首を傾げていると「幼いころ、病気で…」と苦笑いした
「稲葉さんも中学の時にご両親を亡くされてると、以前インタビュー記事で知りました」
「ああ、中一の時ね」
「私の父は健在ですが、イギリスと日本で今は離れ離れ。最初はホームシックになりました」
子供みたいでしょ?と舌をだしおどける
そんな姿は見た目よりもずっと幼く見えた
「稲葉さんは、寂しくなかったですか?」
覗き込むように見られ、少し照れくさくなったが、「俺は親友がいたから平気だった」と
あの頃の俺を支えてくれた親友、長谷を思い出した
「素敵ですね。稲葉さんの周りはキラキラしていて眩しいです」
「キラキラ?」
「オーラみたいな?暖かくて、安心できる感じです」
「そう?」
はい!と笑顔全開でギューと腕に絡まり身体を寄せてくる
勘弁してくれよ ---と心の中で呟き読めなくなった本をポケットに終った
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico