妖アパ 千晶x夕士 『想』
結局11時間40分に渡るフライト中、三枝は殆ど夕士の腕にしがみ付いたままだった
着陸のアナウンスが流れると、一瞬身体が硬直したように思えたが、
「大丈夫ですよ」と小声で答えていた
時刻は午前9時過ぎ、平日ということもあり長谷は仕事で迎えにはこれない
成田から電車を乗り継ぎ、ゆっくり帰ろうと考えていると、
三枝は大きなスーツケースと手持ちのキャリーバック・カートを引きずりなら
悪戦苦闘している
夕士の荷物はリュックひとつ。
旅慣れしているので必要なもの以外は持ち歩かず、極力現地調達をしている
仕方ないな---と夕士は大きいスーツケースを手に取り、「バス?電車?」と尋ねた
「シャトルバスで東京まで行きます。稲葉さんも一緒にどうですか?」
「うーん、俺もそうするかな」
と答えながら京成カウンターへ向って歩く
ゴロゴロとスーツケースを転がし、三枝はスルッとまた腕を絡ませる
どこぞの新婚夫婦だ!とツッコミを入れたいが、機嫌を損ねて何か起こるかわからない
やんわりと彼女の腕を押え「ここ日本だからね」と小声で囁き外そうとすると
「稲葉」
その声にビクッとし、恐る恐る振り返る
紫のVネックサマーセータに、黒のパンツ
首には無造作に巻かれた薄手のストールにサングラスをかけたモデル顔負けの千晶が
近づいてきた
「お、おう千晶。どーしたんだ?」
低血圧で朝が大の苦手な千晶が、朝の9時に成田空港にいることが不思議だった
首を傾げていると、千晶は「彼女は?」とチラリと伺う
視線に気付いた三枝は、腕を外し丁寧にお辞儀をした
「はじめまして。私、三枝美紀といいます。
稲葉さんとはブラッドフォード大学で知り合いました」
「…千晶です。かわいい恋人だな、稲葉」
「恋人じゃねーよ、誤解すんな///」
「そんなにハッキリ否定しなくてもいいじゃないですかぁー」
と、夕士と腕を組みグイグイと自分の方へ引き寄せる
おいおい、勘弁してくれよ ---
頭をポンポンと叩きながら「わかったから、離れろ」と言うと
頬を染め「はい」と大人しく離れる
終始無言で見ていた千晶は、口に手を当て何かを思案しているようだ
「おい、千晶?」
「ああ…稲葉、いい加減な付き合いは関心しないな」
「はぁ?」
「三枝さん、だったかな?稲葉をよろしく頼むよ」
「はいっ!」
「オイ!!人の話を聞け!」と千晶の胸倉を掴みたい気持ちを抑えつつ
グッと呑みこんだ
(人通りの多い到着ロビーの前でこれ以上恥はかきたくない)
「ところで稲葉、彼は一緒じゃないのか?」
「あー、野暮用があるらしくロンドンの空港で別れた」
「そーか、てっきり俺は『取材旅行』と偽り、彼女と『婚前旅行』に行ったのかと思った」
「…あっそ」
ガックリと肩を落した俺の頭をグシャグシャと?きまぜ、「用事があるから、またな」と
千晶は去っていった
「モデルのような方ですね」
「っていうか、さっきのは何?」
「え?ちょっとした悪戯です」
「ハァーーー、相手が悪いな。色々面倒だからやめてくれるかな」
「はーい」と答えると、凝りもせずまた腕を組んだ
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico