妖アパ 千晶x夕士 『想』
帰国後、夕士は執筆の為部屋に籠りきりになっていた
三枝とは東京駅で別れてから二週間が過ぎていた
ほぼ毎日のようにメールが届くが、必要最低限の返信しかしていない
携帯の電源をOFFにしよかとも考えたが、悪気がないのでやめた
アパートに戻ってきた時、千晶の携帯へ電話をしたが話中になっており、
その後も何度かメールのやり取りをし、なんとか誤解を解こうとしたが、
のらりくらりとかわされている
(三枝の話をすると、話題を変えられてしまう)
"執筆がひと段落するまではクラブ・エヴァートンには行かない"
小説家として歩み始めた時に決めた夕士のルールだ
長谷も夕士が部屋に籠っているときは気を使ってアパートには立ち寄らない
フールも『プチ』から出てこない
なっこは今頃居間か縁側で詩人と一緒にいるハズだ
「休憩すっかな」
凝った首を回しながら立ち上がり部屋を出ると、一階の居間から騒がしい声が聞こえる
お?古本屋戻ったのか?
階段を下り、居間に近づくと「また厄介なの仕入てきちゃったねぇー」と詩人の声
「どーすっかなー」と古本屋の声も聞こえ、俺は「おかえりなさい」と輪に入った
「夕士!丁度よかった!頼みがあんだけど?」
「イヤです」
「即答かよ!話ぐらい聞いてくれてもいーだろ?」
古本屋は『プリンセス・メアリーのギフトブック』を開き、ページを捲る
「ここ、見てみろよ」と指された箇所を覗き見ると…
「あれ?妖精消えてるっスね?」
「そーーなんだよーーー!!気が付いたらこの部分だけ妖精が消えてんの!」
絵本を受け取り他のページをめくると、そこには小さな妖精が描かれている
どうやら古本屋が指摘したページだけ、『妖精』が逃げ出した、のか?
「お前さ、奴さんに連絡とってくれないか?」
「彼女にですか?」
逃げ出した『妖精』の行先は『ハーフエルフ』である三枝に尋ねた方が早い、と
古本屋は握りこぶしをつくり、力説する
しかし本人に確認したわけでもなく、仮に話してもあやふやにされる可能性もある
逃げた『精霊』の行先を知らないか?と聞くのは躊躇われる
だが、古本屋は「だってよー、ヴァチカンに見つかったら大事だろ?」と
少し涙目で訴えかけてくる
仕方ないか…
「連絡するのはいいですけど、その後のことは古本屋さん一人で対応してくださいよ?」
「えーーーーー、一緒に行こうぜ!夕士きゅん」
「…イヤです!!」
夕士は古本屋とは本気で付き合い方を見直そうと心に誓った
*
三枝にメールで「逢えないか?」と連絡すると、即返事が返ってきた
「愛されてるねぇー」と詩人は俺をからかうが、無視を決める
待ち合わせ場所は、東京駅の銀の鈴
八重洲地下中央口のすぐ近くだ
予定時間より20分前に着いたにも関わらず、彼女は笑顔で走り寄ってくる
「稲葉さん」
花柄のワンピースに籠バックを肩からかけ、なんとも夏らしい服装だ
彼女の長い黒髪にとても似合っていた
「待たせちゃったかな?」
古本屋が声をかけると、「いいえ、私も今来たところです」と答え、
スルッと夕士の腕に絡ませる
またか、と思うが、これから話す内容を考えるとツッコんでる場合じゃない
三人は、個室のある喫茶店に入った
*
シックで落ち着いた店内には、有名な画家の油絵が飾られている
普段じゃ絶対に入らない場所だ
夕士たちは5人用の個室タイプの部屋に案内され、
それぞれ飲み物をオーダーした
コーヒー豆の良い匂いにうっとりとしていると、
「早速で悪いんだけど、三枝さんは『ハーフエルフ』だよね?」
唐突に古本屋が核心に迫り、夕士は「え?もう」と一瞬怯んだ
だが、きかれた本人は「ええ、そうですよ」とニコリと笑う
更に夕士は「え?即答?」と隣をチラリとみると、彼女はグイッと腕を強く引き
「稲葉さん、私のこと嫌いになりましたか?」と上目使いで聞いてきた
「いや…俺、結構耐性があるから…」と答える
「そうですか、やっぱり。稲葉さん『普通』の人じゃないなぁーって思ったんです」
「『普通』?」
「はい。最初にお会いした時から、何だかとても親近感が湧く感じです」
「それって『プチ』のせいじゃない?」
古本屋は自分の肩を指差し、夕士も「ああ…」と頷きフールを呼び出した
「お初におめもじいたします。私め、フールと申します。以後おみしりおきを」
(俺の肩の上で)丁寧なお辞儀をする
「まぁーかわいい」瞳をキラキラさせながら彼女フールを見つめる
「かわいい、かどうかは別として、実はキミに尋ねたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
実は…と古本屋に目で合図し『絵本』を取り出す
問題のページを開き、彼女に見せると、一瞬固まったような気がした
「気付いたら消えてた」
肩を竦め、彼女に伝えると「あらまぁー大変」と言葉のワリには困った素振りはなかった
「どこに行ったかわかるかい?」
古本屋はテーブルにズイっと乗り出し、彼女に問う
「…おおよその見当は付きますが…」
「本当に?!」
よっしゃーと古本屋はガッツポーズを取りながら叫んだ
今いる場所が個室でなければ、注目を浴びているところだ
「教えてくれるかな?」
静かに問うと、彼女は「はい」と答えて話し始めた
*
忽然と姿を消した『精霊』は面食いのピクシーだと話す
『彼女』達は美しく、品位のある人間だ大好きだそうだ
時に悪戯好きの『彼女』達は、姿を変え猛アタックを仕掛ける
そして相手が油断した隙に『仲間』へと引きずりこむ
変身した『彼女』達は、魅惑のフェロモンを放ち
近づく相手を虜にしていく
相手も知らず知らずのうちに、術中に嵌っていく
余程、強い信念かまたは対抗する手段(魔術的な呪符)を持ち合わせていない限り
すべての生気を吸い取られてしまう
彼女の話の途中から、ある人物が頭をよぎった
そう、両若男女問わず、フェロモンを撒き散らすアラフォーの千晶直己だ
彼女も空港で千晶に逢っているので、それとなく聞いてみた
「ええ、その可能性はとても高いと思います」
苦笑いしながら答える彼女に、夕士は苦渋を隠し切れなかった
「でもさ、『絵本』は俺が持ってたんだ。
『彼女』達は千晶センセーに逢ってないだろう?」
実は、と三枝は俺の顔をチラリと見た後
「『彼女』達は稲葉さんに付いてきたんです」
はぁ?とぽかーんと間抜けな顔で夕士は彼女を見た
「ずっと一緒でしたよ。気付きませんでしたか?」
そう尋ねると、フールが「ご主人様は鈍感でございますゆえ」と呆れた口ぶりで答える
「フール、気付いてたなら何故言わなかった?」
左肩にちょこんと座るフールを右手で捕まえると「別段聞かれませんでしたので」と
ほほほほほ…と罰の悪そうな表情で俺に話す
「実際、『彼女』達の誘惑は稲葉さんには効き目が無くて、
そんな時、空港で千晶さんに出会ってついて行ったのだと思います」
「見えてたの?」
古本屋は三枝に尋ねると「普段、姿は消しているので気配で」と答えた
「どーすっかなー」と夕士はガックリと肩を落した
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico