妖アパ 千晶x夕士 『想』
今後の対策を練るにあたり、まずは千晶の傍に『彼女』達の存在が確認できるかを
調べる必要があった
仮に『彼女』達が近くにいた場合、『絵本』に戻るよう三枝が説得する方向でまとまった
(説得できなかった場合、次の手段を講じる必要があるが、今は可能性にかける)
古本屋と別れた夕士たちは、千晶の住むビル付近を歩いていた
一番良いのは直接千晶と接触することなのだが、今の夕士は躊躇っていた
「遠くからチラッと見ただけでもわかるか?」
未だに腕にしがみ付く三枝に尋ねると、「たぶん?」と首を傾げて答える
「おいおい、頼みのキミがそんな弱気じゃ困るんだけど?」
「実体化していれば、稲葉さんも気付かれると思いますよ?」
「姿消してたら俺にはわからない」
「大丈夫ですよぉー」
ニコニコと答える三枝を引き連れ、もう少し近づく
すると、タイミング良く千晶がエントランスから出てきた
「ナイスタイミング!千晶!」
グッと握りこぶしを作り喜ぶと、後ろからスラリとした美しい女性が続いて現れた
その女性は千晶の肩に触れ、まるで恋人同士のような雰囲気で微笑み合っている
スルッと千晶と腕を組み歩く後姿は美男美女のカップル
影から見ていた夕士は、無意識に胸を掴み鼓動が早くなる
ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ …
「『精霊』でございますな、ご主人様」
フールの声で我に返り、ふと隣を見る
三枝もコクリと頷き「どうしますか?」と視線で問いかける
「後をつけるしかないだろう…」
気は進まないが仕方がない
千晶達に見つからない距離で後をつけた
歩いて数分の所にお洒落なカフェがあり、千晶たちは中に入っていった
日差しが強くなる中、気を張りながら尾行を続けていた夕士たちも
涼しい店内で休憩したいところだ
「この際、偶然を装って入りませんか?」
大胆な賭けに出た三枝を見て、「大丈夫か?」とも考えたが、流石に喉が渇いた
「よしっ、行くか!」と気合を入れ、三枝と共に店内へ入った
*
店内は程よく涼しく、火照った身体をじわじわと冷ましてくれる
店員に案内されて座った席は、千晶たちの後ろだった
席はボックス風タイプになっており、また千晶が後ろ向きだったので気付かれていない
ホッと安心し、小声でアイスコーヒーをオーダーする
夕士たちはコソコソと話しながら、『彼女』が一人になるチャンスを伺う
暫くすると、千晶の携帯が鳴り「すまん」と言って席を立った
このチャンスを逃さず、千晶が外に出た瞬間に『彼女』に接触した
「こんにちは」
ニコリと三枝が笑いかけると、ビクッとして顔が引きつっている
「どーも、はじめましてかな?」
夕士も続いて挨拶する
『彼女』の隣に三枝が座り、夕士は対面に腰かける
三枝は『彼女』の髪を撫でながら「ねー、分かってるよね?」と尋ねると
『彼女』は顔面蒼白になり「だって…」と涙目になっていた
美人の泣き顔は滅多に拝めることはない
夕士は一瞬ドキッとしたが、これがフェロモン効果なのか?!と思った
「時間がないの。単刀直入にいうわ。も・ど・り・な・さい」
剣を帯びた声で三枝が告げると、ヒッ!と肩を震わせた
二人のやり取りを見ていて気付いた
どうやら主従関係では、三枝の方が強いらしい
『絵本』の中にいた『彼女』にとって、三枝はある意味マスター(ご主人様)に
あたるのかもしれない
夕士は千晶が戻る前までに片を付けねばと、チラチラ外の様子を伺う
「もう少しだけ…今日だけ…ね、お願いよ」
と半泣きで三枝に詰め寄ってくる
三枝は「だーめ。みんな迷惑してるんだから」と取り扱わない
すると、夕士の方を見て「お願いします!半日だけでいいんです!」と
テーブルに叩きつける勢いで頭を下げてきた
夕士は腕組みして「日付が変わったら、本当に戻ってくるのか?」と尋ねる
「稲葉さん?!」と三枝は驚いた様子だが、片手をあげて再度確認する
--- 俺も大概甘いと思う。
『幽霊』やら『妖魔』やら『妖怪』やら
彼らだって、それぞれに想いはある
今『彼女』の思いは、今日だけ千晶の傍にいたいという願い ---
なんとなく…なんとなくだけど、無碍にできないと夕士は思った
『彼女』は「はい、約束します」と答え、夕士は静かに頷き三枝と共に席に戻った
電話を終えた千晶が席に戻ったタイミングで店を後にする
「良かったんですか?」
三枝は少し戸惑った様子で顔を覗き込んできた
「ああ、もう少しだけ『彼女』を自由にしてあげよう」
「まるでシンデレラみたいですね」
「ああ、そうだな」
高い空を見上げながら、「今日も暑いな」とつぶやいた
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico