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妖アパ 千晶x夕士 『想』

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三枝とは東京駅で別れ、夕士はアパートへと戻る

古本屋が「どうだった?」と尋ねてくるので、ことの顛末を話すと
「そっか」と苦笑いした

「夕士クン、優しいね。でも、時にその優しさは狂気を生むこともあるよ?」
と子供の落書き顔で詩人は話す

「夕士クンの優しさが、ピクシーに伝わっていればいいけどねぇー」

それは「思い通りにならなかったから、逆恨みする」ということだろうか?
夕士は腕を組みながら首を傾げた



夜になり、幾分か涼しい風が部屋に吹き込む
時計を見ると、もうすぐ日付が変わるころだ

戻ってきてから再開した執筆作業は、思うようにはかどらない
昼間の詩人の言葉がチラチラと頭を横切る

一旦セーブし、端末をスリープモードにしてから
居間でまだ呑んでいるであろう、古本屋と詩人の元へ行った

居間に入ると、床に『絵本』のページを開いた状態でぐーすか眠っていた
「汚すなよなー古本屋さん」と言いつつ、近くにあった肌かけを拾い古本屋にかける

と、一瞬『絵本』が光った気がして慌てて手にとった

覗き込むように見ると羽の生えた二人の『妖精』が湖のほとりに映っていた

「古本屋さん、起きてください!」
幸せそうに眠る古本屋を揺すりながら「『妖精』戻りましたよ!」と声をかける

程なくして古本屋は目を覚まし、寝ぼけ眼で『絵本』を確認した

「ほら、この湖のところに二人いるでしょ?」
「あー、いるな。でも夕士、一人足りない」
「え?」

以前は三人のピクシーが湖でダンスを踊る様に映っていたと話す

「マジっすか…あと一人は迷子ですか?」
「んな訳ないだろう」
「じゃ…」
「イヤな予感しかしねーな」
苦虫を噛み砕いたような表情の古本屋が「千晶センセーか」と呟いた

「『絵本』の中にいた『精霊』の活動エネルギーは、『人間』の生気だ。
 沢山の『人間』がいれば少しずつ"ご馳走"になる
 だが、特定の相手の場合は摂取さえる量が半端ない
 いずれ弱り果て、命が尽きる」

何時にもまして神妙な顔つきで話す古本屋を、俺は黙って聞いていた

「俺が夕士に全部説明していれば良かったんだが、すまん」

部屋に戻り、慌てながら千晶の携帯に連絡するも、繋がらない
何度も試すが、無機質な音声だけが聞こえてくる

ジャケットを掴み、転げ落ちそうになりながら階段を降りていく
「行くのかぁー?」と居間の方から声が聞こえたが、一分一秒たりとも無駄にできず
返事もせずに玄関から駆け出し、駅へ向かった

--- あの時、意地にでも『彼女』たちを戻しておくべきだったのだろうか?

車内で「まだか」と焦りながらも
最寄駅を降りた夕士は千晶のいるクラブ・エヴァートンまで全速力で走った



入口に立つ黒服への挨拶もそこそこと、店内に入った
深夜時間ということもあり、客層は年配グループが数人

夕士は辺りを見回し正宗を探した

正宗はカウンターで千晶と一緒に酒を酌み交わし、ふと夕士に気付き手を上げた
「や、夕士くん。随分と息が荒いけど何かあったのか?」
「どうした稲葉?」

千晶の顔を見た途端、一気に全身の力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちた
顔色は悪くない、と思う

「おい!?」
千晶が駆け寄り、俺の肩をグイッと支え「何があった?」と心配している
何か言わなければと思うが、言葉が出てこない
焦点が合わない俺を、正宗は抱えるように立ち上がらせ、ソファーへと連れて行った

冷たい水を渡され、ゆっくりと飲む
「落ちついたか?」
右側に千晶、左側に正宗が座り、千晶は左手で俺の背中を擦っている

「ああ、わりーな。心配かけちまった」
「いや、それより何があった?」
只事ではないだろう?と千晶は表情を伺うように問いかけてきた

何と説明してよいか迷っていると「俺には言えないことか?」と目をそらし千晶がつぶやく
千晶の表情を見た正宗は「俺、席外すよ」と俺の頭を軽く撫で
「ゆっくりしていけ」と席を後にした

作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico