妖アパ 千晶x夕士 『想』
タクシーが停まり、三枝が降りてくると同時に、もう一台からは古本屋が到着した
「夕士、中にまだいるか?」
「ええ、恐らく店内に」
「稲葉さん、ごめんなさい。私…」
三枝は俺の元に駆け寄り「ごめんなさい」と謝る
ポンポンと頭を叩きながら「大丈夫、大きな被害はない」と声をかけると
トンッと俺の胸に抱き付き「本当にごめんなさい」と安心した様子だった
「俺は裏口に回るぞ、逃げるようなら力ずくで『絵本』の中に戻すからな」
古本屋はそう言い残すと、ビルの裏側へと向かっていった
古本屋が焦っている口調だったので、三枝は少し驚きを隠せない
夕士はヴァチカンの「奇跡狩り」について三枝に説明をした
一度捕まったことのある古本屋にしてみれば、今特務員に発見されるのは不味い
今回は夕士も三枝も巻き込み、更に一般人にも影響が出たとなるとただでは済まない
『絵本』は没収、最悪、夕士と古本屋は連行される可能性がある
三枝は青ざめた表情で話を聞いていた
「大丈夫、キミには迷惑がかからないように俺達がどーにかするさ」
「でも…」
「古本屋は場数踏んでるし、俺も初めてのことじゃない」
「……」
「安心しろ、とは少しいい加減なセリフだが、何とかするから心配するな」
「…はい」
三枝はギュッと抱き付き直し、俺は背中を優しく擦って落ち着かせた
*
入口の黒服に「俺の連れ」と一言伝え、三枝と共に店内へ入る
演奏は既に終了しており、ステージの上に『彼女』はいなかった
勝手知ったる、でスタッフルームの方へ歩いていく
三枝は俺の後ろから遅れじまいとついてくる
[STAFF ONLY]と書かれているドアを開けると、目の前に千晶が立っており
怪訝な顔で俺を睨みつけた
「わりー、ちょっと邪魔するぜ」
千晶の横を通り過ぎようとすると、「待て」と俺の腕を引っ張った
「ここ、[STAFF ONLY] なんだけど?」
「ああ、知ってる。でも今は見逃してくれ」
「イヤだ」
「千晶!?」
俺は壁に背中を打付け、千晶は左腕で俺を囲うように正面に立った
「ちゃんと説明しろ、稲葉」
「…時間がない」
「彼女といちゃつく時間はあるのに?」
「千晶、いい加減にしてくれ。本当にヤバイんだよ」
「……」
少し開いている千晶の右側から身体を抜け出し、三枝の手を取って歩き始める
「稲葉!」
「わりー、千晶」
螺旋階段を上がり[控室]へと向かう
「気付かれた様です、ご主人様!」
「チッ!古本屋に消される前に捕まえるぞ!」
古本屋は「強制的に『絵本』へ戻す」と話していたが、
あれは『彼女』の存在を強制的に消し去り『絵本』の中に閉じ込めるという意味だ
自分の意思で『絵本』の中に戻らなければ、記憶も想いも消えてしまう
空っぽになってしまう『彼女』を夕士は放ってはおけなかった
バンッと裏口を開け、外に出ると古本屋が空を見上げていた
つられて見上げてみると、青白い光がビル側面を上がり、屋上へと向かっていた
「クソッ!」
屋上に上がるには千晶たちの持つキーがなければならない
火災や突発的な災害の場合は、非常階段をぶち破る方法はあるが、
被害は穏便に済ませたい
夕士は後ろポケットから『プチ』を取り出し、チラリと古本屋を見る
古本屋は「行って来い」と頷き返す
「三枝、俺にしっかり捕まってろよ」
右腕で三枝の腰を抱きしめ、彼女も夕士の首に両手をしっかりと回す
「『女教皇』!ジルフェ!」
「ジルフェ!風の精霊でございます!」
風が俺の身体を包み込み、天高く浮上する
なるべく下を見ないように、気を付けながら俺は意識を集中して光の後を追った
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico