妖アパ 千晶x夕士 『想』
ふわりと屋上に到着しジルフェを戻した後、辺りを見回した
三枝も夕士から離れ、じっと見回す
「あれ!」
三枝が指差した方向に目を向けると、給水塔の上に人の影が見えた
「いくぞ」
給水塔の下まで近づくと、『彼女』はフイッと顔を背け長い髪が風に揺れていた
「おい、戻る気はないのか?」
刺激しないように、夕士は給水塔に寄りかかり静かに問いかける
「俺との約束、もう忘れたのか?」
「『人間』はいつも約束を守らない」
「俺は違う」
「どう違うの?あなただって『人間』じゃない」
「『人間』にも色々いるんだよ、『妖精』だって同じだろう?」
「……」
夕士が話しかけている間、三枝はジッと祈る様に待っている
これ以上時間をかけてはいけないと、頭の中で警笛が鳴っているが
今、彼女の『話』を聞かなければならない---と夕士は直感に従い行動する
長い沈黙の後、ポツリポツリと『彼女』は話し始めた
「私たちはずっと『本』の中にいた
長く、とても長く、永遠と続く時間の中、ずっと…」
「……」
「機会を伺っていた。自由になれる、その瞬間を待っていた」
「そうか」
彼女たちの『絵本』は持ち主である三枝の力により、自由になることを封じられていた
元は三枝の母親が所有していた本だった
実は三枝の母親は生後間もなく「チャンジリング」に遭遇し、
『精霊』と取り替えされた子だった
戻ってきた『子供』の手元には古ぼけた『絵本』が一冊
『プリンセス・メアリーのギフトブック』だった
その後、母親が他界し『絵本』は彼女のもとへ
封印されていた『絵本』は夕士と古本屋との出会いで解かれ
その隙に外界へと飛び出した
「運命だと思ったわ。これで自由になれる。どこにでも行ける。
閉じ込められた世界から、ついに開放されたのよ」
ふふふふ…と魅惑の笑顔で不敵に笑う
「こんなチャンスを逃すハズないでしょ?私『あの子』たちとは違うのよ」
『あの子』たちとは、先に戻ってきた二人のピクシーのことを指しているのだろう
「自由になりたいのか?」
月明かりで照らされた彼女の顔を夕士は見上げた
「もちろんよ、人間界は色々楽しい場所が多いもの。当分飽きることはないわ」
夕士はニヤリと笑い「だ、そうですよ。古本屋さん」と
暗闇の中、気配を消しながら近づく古本屋に声をかける
「一緒に連れて行ったらどうですか?」
イギリスでのお返し!と言わんばかりに口の端を上げながら古本屋へ問う
「おいおい…夕士、無茶なことを言うな」
古本屋はガシガシと頭を掻きながら猫背で登場した
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico