妖アパ 千晶x夕士 『想』
「あ…出来るかも…です」
終始黙って聞いてた三枝が、カバンの中からゴソゴソと単行本サイズの『本』を取り出す
「これは?」
「以前、私が作った『絵本』なんです」
趣味で絵を描くという三枝は、大学の友人に勧められ自主出版の絵本を作成していた
「この中に『彼女』を---」
「イヤよ!また封じるつもりなの!!」
『彼女』は全身から青白い光を放ち、ピシピシと音を立てている
尻尾を立てた猫みたいだな --- 怒る『彼女』を見てぼんやりと思っていた
古本屋は「なるほど」と関心し、三枝から絵本を受け取る
ペラペラと数枚捲り、ひとつのページが開かれた
ふたつの満月が空に浮かび、湖の畔には一軒の小ぶりな小屋
突き出た桟橋からは小さな船がひとつ
湖を囲むように多彩な色で花が描かれている
「お前さん、俺と一緒に世界を廻ってみるか?」
古本屋は不敵の笑みで彼女を見上げながら言う
「世界…」
「俺にはお前さんを封印する力とやらはない
だが、お前さんがこのまま留まると、俺達『人間』が弱っちまう
これはギブ・アンド・テイクだ」
トントンと開かれたページを指差し
「時折出てきてもいい。俺達の住むアパートならいつでも歓迎だ
あそこは結界もあるし、エネルギーも沢山満ちている
ただし、人間界にいる時は場所を弁えてくれよ」
俺の身がもたねーからな、と古本屋は肩をすくめる
「本当に封印しないの?」
ああ、と古本屋は優しく答え『彼女』に向って手を差し伸べる
彼女はチラリと夕士に不安げに視線を落す
夕士は無言でコクリと頷き、両手を広げ「降りてこい」と告げる
「…わかったわ」
ヒラリと給水塔から降りた彼女は夕士の耳元で「アディ、私の名前」と呟くと
古本屋の前でポンッと小さくなり、『絵本』中に吸い込まれていった
スルッと三枝が古本屋の前に行き、そっと『絵本』に手をかざす
黄金の円が現れ、奇怪な文字が浮かび上がる
まるで魔法陣のような…
「おい」
封印しないと言っただろ?と夕士は声をかけるが、三枝は目を瞑り掌に集中する
焦る夕士を前に、古本屋は「大丈夫だ」と呼びかけ、ジッと成り行きを見守る
大きく膨れ上がった魔法陣は次第に縮小していき、拡散する
「ふー、これで大丈夫です」
ニコリと笑うが、幾分か疲れが表情に現れている
彼女が行ったのは『プリンセス・メアリーのギフトブック』からの切断と
新しい『絵本』への再接続
簡単に言えば、住所変更を行ったようなものだと話す
「わりーな、最後に手間かけさせて」
「いいえ、お気になさらないでください」
古本屋が『絵本』を掲げながら
「一応、この『絵本』のマスターは俺ってことになるのか?」
「はい。念の為アディが『絵本』から"外出"する際は、ご自身の体調の良い時にしてください」
俺のプチ同様、アディが行動する際にはマスターである古本屋のエネルギーを消耗する
古本屋は「わかった」と言って、『絵本』をしまい、
替わりに『プリンセス・メアリーのギフトブック』を取り出す
ズイッと「これ、やっぱ返す」と三枝に手渡す
三枝に大事そうに抱きしめられた『絵本』からは、暖かい気が満ちていた
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico