妖アパ 千晶x夕士 『想』
暫くすると、BMWのカブリオレがアパート前に停車した
「夕士くん」
と、正宗が車のウィンドウを開け、優雅に手を振る
車に近づき「わざわざ、ありがとうございます」と夕士がお礼を口にすると
「無理を言ったのは俺だから、当然だよ」と微笑んだ
夕士は少し照れた表情を隠すため、慌てて後方を確認し、助手席に乗り込む
「あ、これ。うちの賄いさんからの差し入れッス」
バスケットを膝の上に乗せて正宗に伝えると「いつも悪いね」と
ニコリと笑い、ハンドルを切って発進した
車中にて、「何かあったッスか?」と恐る恐る尋ねると、
「起きたら夕士くんが居なくて機嫌が悪いんだよ」と苦笑いしてた
「なんだそりゃ?」と呟くと、
「ナオミは甘やかされて育ったからね。少し我儘なんだよ。
俺もその一旦を担ってるから強く言えないけどね」
と困り顔を見せた
--- 俺が帰っただけで、正宗さんの手を煩わせるなんて
とんだ甘えん坊だな、千晶は ---
「機嫌の悪いナオミは手に負えない。そこで、夕士くん登場ってわけだ」
「俺が行くと機嫌治るんでスかね?」
「損ねた理由は君だからね。一番の薬なんだよ」
「はぁ…そうッスか」
夕士は右手で後ろ頭をガシガシとかき、「ま、俺が原因なら仕方ないか」と
シートに深く寄りかかった
*
エントランス前で停車し、「先に行ってくれ」と正宗から鍵を受け取り
夕士はエレベータで12階のボタンを押した
チンッと乾いた音が鳴り、目的階への到着を知らせる
扉が開き一歩前に出た途端、ガシッと千晶にサイド・ヘッドロックをかけられた
「うわっ!!千晶?!」
無言で俺の頭を左腕だけで脇に抱え締め上げてくる
千晶の腕をパシパシ叩きながら「ギブッ!ギブッ!!」と叫ぶと
「チッ!」と舌打し腕を解いた
その場にしゃがみこみ、床に両手をついて荒い呼吸を整える
--- 突然何しやがる!コノヤロー
ガバッ!と顔を上げ千晶を睨みつける
千晶は無表情のまま夕士を見下ろしていた
ったく!と立ち上がり、落してしまったバスケットを手に取り中身を確認する
落した衝撃で崩れたかと思ったサンドイッチは無事だったのでホッとした
「これ、賄いさんから」
ズイッと千晶の前に差し出すと「ん」と喉を鳴らして受け取る
--- なんだ?この態度、気にいらねーな
夕士は目を細め、無表情の千晶をジッと見つめた
千晶は裾を翻し玄関の扉を開きチラリと後ろを振り返る
どうやら「入って来い」って意味だろう
「相当機嫌悪いな」と思いつつも、千晶に促されるまま部屋へと上がった
*
キッチンにバスケットを置き、目線だけでソファーに座るよう指示され
夕士は大人しく座った
今朝と何も変わらないリビングだが、
一緒にいる千晶が放つ超絶不機嫌オーラ―のせいで、空気が淀んでいるように感じる
千晶は夕士の反対側に座り、膝の上に左腕を立て前かがみ姿勢で掌に顎を乗せる
座ってから終始無言、だけど視線だけは夕士を捉えており、
戸惑いを隠せない夕士は次第に目を泳がせていた
--- 早く正宗さん戻ってきて!!
なんて心の中で叫んでいると
千晶がハァーーーと深く息を吐き「稲葉」と低い声で呼ばれた
突然発せられた声にビクッとした夕士は姿勢を正し「ハッはい!!」と声が裏返った
「…目が覚めたら、隣にお前が居なかった」
「電話でも話したろ、メモも置いていった」
--- そりゃ、ひと声掛ければ良かったのかもしれないけど
そんなに不機嫌になる必要もねーんじゃないか?
ジッと千晶と視線を合わせていると、
ソファーの背もたれに身体を預け、天井を仰ぐように見上げ歌いだした
You said this could only get better
There's no rush 'cause we have each other
You said this would last forever
But now I doubt if I was your only lover
Are we just lost in time?
I wonder if your love's the same
'Cause I'm not over you
昨夜、ステージで千晶が熱唱した
Escape The Fateの楽曲『Harder Than You Know』
--- 千晶の歌声に引き寄せられていく
「この曲の歌詞、お前なら和訳できると思うけどさ」
と、苦笑いしながら千晶は煙草に火を点す
ふーと煙を吐きながら「諦められない、未練たっぷりな歌詞なんだよ」と呟く
「お前、昨日この楽曲聞いてどう思った?」
「え?」
昨夜、この場所で歌詞が反復し色々な思いが交差したことを思い出したが、
それを口にすることは躊躇われ、夕士は千晶と対称的に俯いた
「俺とお前の年齢差は15歳。どんなに足掻いても変わらない」
「……」
「お前はまだ若い。まだ見ぬ世界へ自由に飛んで行ける」
「何を言ってるんだ?」と喉まで出かかった時、
千晶は左手を上げ「まぁー待て」と止めた
「いつまでも俺の"我儘"で稲葉を"無理やり"繋ぎとめることは出来ないと思ってる。
なんせ、俺は片腕しかない。」
右腕の裾をヒラヒラとさせながら苦笑いする千晶が、
なんだか泣きそうな顔をしている---と夕士は思った
「身体を張って"全力"で守ることも、"両腕"でお前を抱きしめることも出来ない。
それでもお前を離したくないと、強く思考してしまうのは俺の我儘だと自覚している」
だがな…と、千晶は左手で髪をグシャグシャとかきまわし
「隣に居たハズのお前が、突然消えてしまうと…正直、堪えるわ…」
夕士はグッと喉を鳴らし、千晶の次の言葉を待った
「稲葉に甘え過ぎなんだよな、俺。気が狂いそうだったよ」
正宗にも八つ当たりしたしな、と千晶は罰の悪そうな顔をした
「何言ってんだよ!千晶が手のかかるヤツだってことぐらい、皆知ってるぞ!」
「ああ、だからダメなんだよな、俺…」
あはは…と乾いた声で笑うが
--- 千晶の目尻が赤く涙ぐんでいる気がする
夕士は困惑した表情で千晶を見つめた
「いつかは…こんな日が来ると思ってたんだ」
「……」
「だけど、諦めが悪くてな。随分お前に迷惑をかけたと思ってる」
すまんな。と千晶はペコリと頭を下げる
心臓がわし掴みされたかのような痛みが走り、夕士は無意識に胸を掴んだ
作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico