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ななつとせ

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森の中で一人きり。
いつものことだ、珍しくもない。
森とはいえ、少女の住む家に近いこの辺りは危険な獣の棲むテリトリーからも十分離れていたし、危険は特にない。ここは彼女の庭のようなものだった。
ただし、彼女以外に子供はいない。
子供というより、人がそもそもいない。
彼女の両親は森林生態を研究する学者であり、この森は彼らが所属する自然保護団体の管理する天然の広域実験場でもあった。
本来管理と研究の為設けられた人里離れた施設と、その住居に、研究員として派遣された職員同士でたまたま恋に落ち、たまたまそのままそこで家庭を持って暮らし、結果として当たり前のように授かった小さな命が、今森で一人遊ぶ少女だ。彼女の存在だけはこの場所に存在する施設の当初の目的の予想外であり、故に小さな子供のための設備もなければ近隣に一緒に遊ぶ友人もいない、というわけだった。
車で十数キロ走れば、一応人のいる小さな集落には行くことができるが、子供の足で行ける距離ではない。少女は就学年齢には達していたが、毎日通うべき学校はそこより更に遠かった。幼すぎる娘を親元から離し一人寄宿生活を送らせる手もあるにはあったが、小さな少女にそれは悪手だと判断した彼女の両親は特例措置での通信教育による自宅学習を受けさせており、結果、彼女は同じ年頃の子供に殆ど会ったことがないまま日々を過ごしていた。
でもどうということはない。彼女にとってはこれが日常なのだ。
少なくとも、両親はすぐ近くにいる。四六時中つきっきりで遊んでもらうというわけにはいかなかったけれども、でも、戻れば迎えてくれるだろう保護者の存在を知っている少女は、淋しがってぐずって彼らの手を焼かせる事もなかった。
まだまだ甘えたい盛りの彼女は、それでも両親に仕事があることも理解していたし、我儘も滅多に言わなかった。心ないものの罠にかかったり違法なハンターに狙われたりした野鳥や獣の世話をする両親を見て育ってきた為もあるのか、他者を思い遣る優しい心を幼いながらに自然と備えていたのだ。ただ、両親以外は動植物とばかり触れ合っているものだから、少しばかり人見知りで、たまに出会う人の前ではすっかり引っ込み思案になって両親の影に隠れてしまうのが常だった。本音では誰かと共に有りたいと、優しいからこそ人恋しさを覚えているのに、知らず知らず自制が身に染み付いてしまったせいで、今度はなかなかそれを表に出せず、結果、恥ずかしくなって逃げ出してしまうのだ。
友達は欲しいけれど、実際には両親以外にはなかなか心を開けない彼女にとって、一人はむしろ安堵できるものでもあった。それを自分でも少し困ったものかもとうっすら感じつつも、その当時はそんなに深刻に悩むでもなく、彼女は自身の空想上の友達を相手にすることで、現状満足してもいた。
一人遊びは慣れたものだ。
人間の友達はいないけれど、森に住むたくさんの小さな生き物が少女の友達だったし、何よりも彼女には、どこに行くにもいつでも一緒の大切な友人である緑色のぬいぐるみがいた。緑色で、胴体が細長く、手足も長い。顔の上に目玉が飛び出たそれは、ネコ(小動物)のぬいぐるみの中でもAnuraと分類される生物に雰囲気を似せたところがあった。
名前をタマという。小さな少女の体を半分隠してしまえるほど大きさのそのぬいぐるみは、彼女が抱えると足が地につくすれすれで、だからなのか足元には少女のお古の小さな赤い長靴を履かせてあった。
タマは少女にとって、友人であり家族であり、彼女の遊びの中では時として兄弟分や、ままごとの子役になった。
少女は実際の人間の子に接するのと同様に、タマに本を読み聞かせ、食事時も並んで座らせ、一緒に眠る。彼女の年頃の子供なら、そろそろ人形遊びから離れていく頃合いなのだが、周囲に一緒に遊ぶ友人もいないせいもあり、手放すことなど考えないのだろう。少女の家族も、子供の成長は自然に任せるのが一番という考えだったので、誰に咎められることもなく、それが彼女にとっては当たり前の日常だった。ただ、他所から来た人にはそれは時として、ただでさえ平均より小さいきらいのある彼女をより幼く感じさせる一因にもなっていた。
それでも少女自身は心も体も健やかに日々を過ごしており、その日もタマを連れて森の中で機嫌よく一人遊びをしていた。お気に入りの木立の影の、古い切り株を机に見立て、そこにままごとのお茶道具を並べる。その日はタマはお茶会にお呼ばれしたお客様の役目だった。ままごと道具やおやつを入れていたバスケットを背もたれに、タマを腰掛けさせる。
「タマ、今日はお客様だからここで待っててね。わたし、お茶とお菓子の用意しなくっちゃ」
そう言うと、小さなバケツを持って少女は立ち上がった。すぐ近くを流れる小川に、ままごとに使う水を汲みに行く為だ。ついでに何か、めぼしい花や葉っぱを摘んでこよう、そう思い、足取り軽やかにその場を後にする。季節はすっかり春めいて、森も生気に満ちていた。その日は天気も良くて、木立の合間に木漏れ日が溢れチラチラ光る様が妖精のダンスみたいだと感じ、それを見るだけで少女を楽しい気分にさせた。スキップするように進む少女の口から自然とメロディがこぼれ出す。


  すみれの絹で 編みあげるのは 花嫁の冠よ
  遊び踊り あなたを誘う 幸せと愛祝おう

  綺麗な緑の冠
  すみれ青の絹で すみれ青の絹で


それは少女の両親が大事にしている古いレコードに収録された歌劇の中の一幕で歌われていたもので、アリアではなく女性数名のちょっとした合唱曲だったが、親しみやすい大衆歌風で、彼女のお気に入りだった。彼女自身はその歌劇を見たこともなければ内容もよく分からなかったのだが、「お嫁さんになる人をお祝いしてあげてる歌よ」と母親に教わったので、余計に好ましく思っていた。花嫁という言葉には幼いながらに未来の乙女たる彼女の興味を掻き立てる魅力があったし、祝福の歌なら素敵なものに決まっている。そんなわけで、彼女はその歌をまるまる暗記してよく歌っていた。特に、花を詰んだり編んだりするときに、心情的にもこの歌はよく嵌った。
作品名:ななつとせ 作家名:SORA