ななつとせ
飽きもせず繰り返し歌いながら、やがて小さなせせらぎにたどり着くと、彼女はそこでバケツいっぱいに水を汲む。川の近くの木陰には、すずらんが今を盛りと可愛い真白の房を連ね、甘い香りをさせていた。少し先に見える斜面の裾の陽だまりには、それとは別の、色とりどりの小さな花が咲き乱れ、少女の興味をかきたてた。草花はままごとの食卓には欠かせないごちそうの材料だ。タマを待たせている会場の周囲にも花は咲き群れていたし、春の盛りの今頃は、わざわざ足を伸ばさずともいくらでもままごとの食材を調達できたけれど、今日のお茶会は少女の中では貴婦人のそれに等しいもので、だからテーブルもうんと豪華に仕立てたかった。それには材料の種類も多い方がいいに決まってるし、すぐそこの陽だまりにできた花畑には、少女のお茶会場である木立の影の草地にはなかった色も見て取れた。だから迷うこと無く、彼女はそちらへ向かった。その一角は木立が切れて、振り仰げば遮るもの無く青空が見えた。視線を下げれば見えるのは、明るい光のなか広がる柔らかな緑の絨毯の中に咲く花々。ヒナギクにカタバミ、フクロソウ、ニオイスミレにオドリコソウ。その他両手で足りないほどに雑多な種の、赤に黄色に色を違え形を違え、それらは競い合っていっそう鮮やかだ。少女はとりどりの花に囲まれて、腰を落とすと夢中でこれを摘み始めた。白い花、黄色い花、薄桃色の花、青い花。下草の緑も重要だ。丸い葉に楕円の葉、分岐してる物長い物、ギザギザに滑らか、色の濃いもの薄いもの。様々に取り混ぜ、花と緑のブーケはあっという間に手に余るほどになる。それでも少女は飽きたらず、持っていたバケツを花瓶代わりにそれらを生けるとなおも花を探す。鳥の聲があちらこちらで独特の節付きで唄い交わし、花から花へ飛び回るミツバチの羽音がベースの振動めかした響きで耳元で小さく唸る。それにつられるように、少女の口からまた先ほどの歌が零れ出した。
(そうだ、ついでにタマに花の首飾りか冠を作ってあげるのはどうかな。お茶会だからおめかししてあげなきゃ)
歌いながら彼女は思いつき、花冠の骨格をつくろうと蔓植物の這う斜面の方へ向かった。そちらには香り雪玉やフリーダーの木もあって、辺りは交じり合って馥郁とした香りに満ちていた。ポケットに忍ばせた、剪定用の極小さなフォールディングナイフで緑の蔓を切り取りながら、後であの花も少し分けてもらおうと少女は考える。フリーダーはそのまま編みこんで花冠にするのもいいかもしれない。きっと甘い香りの素敵な冠になるだろう。それともお茶に浮かせようか。房になった小さな花をバラバラに落として集め、砂糖菓子に見立てて小皿に盛るのもいい。色も形も綺麗で香りまでいいから、如何様にも使い道がある。考えただけでウキウキと楽しくなって、少女は切り取ったくねくねした長い蔦でくるりと一巻き簡素な輪を作り、編みかけのそれを片手に引っ掛け斜面の途中に立つフリーダーの木の、少女でも簡単に手が届きそうな程に撓垂れた花の方へと今度は向きを変えた。