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【相棒】(二次小説) 深淵の月・兄貴の条件

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  「第一ムショから出られると思とんか。アンタ何人バラしたんか自分でもようわかってんねやろ、五人はやりすぎやで。死刑確定や、ほんだら今私がここでアンタバラしても大した違いあれへんわなあ。」
くくく。 低い声で怜が心底楽しそうに笑った。空いている右手の指の関節がゴキ、と鳴った。男の目が見開いた、感じているのは純粋な恐怖だった。
  「お、俺じゃねえ…!!」
  「ハア?あったま悪い言い訳かましとんちゃうわボケ!」
  「本当だ、やったのは俺じゃねえ!!」
  「捕まった奴は全員そう言うわ!往生際悪いわなっさけない!」
  「本当の本当だ!!俺はやってねえっ!!」
ガン!ともう一度男の頭が壁に叩きつけられた。怜が髪を離したのだ“とても勢いよく”。立て続けの破壊音に伊丹があああと絶望するのは実はいつもの事だった。
  「自分のやった事も正直に認められへんのんか。ゲスな奴っちゃなあホンマに。自分は悪ぅないんや被害者やとかアホな事ぬかしよったら湾のヘドロに沈めたんどゴラ。」
そこらのチンピラ並に言葉は悪いわドスの利かせ方ときたら当の暴力団のそいつより遥かに低音でおっとろしい。どっちがマルヤだと伊丹は仁に顔を固定されたまま音だけを拾う。これも大阪府警仕込みかよとじろりと仁を睨んでみるがそ知らぬ顔のにわか医者。怜と仁を可愛がって(?)いた轟という大阪府警刑事は警視庁の内村刑事部長が世話になった御大らしいのだが、怜はまがりなりにも女の子なのだという事をもうちょっと考慮して欲しかったと本物の兄貴よろしく伊丹は嘆く。
  「ちゃうでイタミン。怜のあの口の悪さは轟さんやのうて、仕込んだんは怜のおっちゃんや。」
  「はァ!?」
また! と伊丹は肝を冷やす。仁がこうして「心の中を読んでるんじゃあ」と思うような察しの良さを発揮するのはしょっちゅうなのだ。つーかそりゃ置いといて。
  「大河内監察官じゃねえが、いっぺんその“おっちゃん”に会わなきゃなんねえな…」
  「あはは、イタミン絶対気に入られるで、文句言えば言うほど惚れられるわ。」
カラカラ笑う仁にがっくりと肩を落とす。怜の親族で大阪は天下茶屋在住で道場主の「おじ」もこの二人と同じくかなり不可思議で奇妙な存在ではあった。男は完全に毒気を抜かれたらしく俯いてボロボロと涙を零して泣いていた。
  「…ほんとだ…俺じゃねえ…俺があの部屋に入ったら、あいつらもう、死んでて…部屋中もう、血みどろで…!!」
  「ほななんで逃げたんやアンタは。」
  「俺がなんであそこに行ったと思ってんだよ、鉄砲玉だったんだぜ俺は!!先に死んでましたっつったって誰が信じるんだよ!!」
  「まあ信じられへんわなあ。ごっつおもんないし。」
笑いの話じゃねえだろ! 頬に絆創膏を貼られながら伊丹がツッこむ。
  「けど、私は信じるわ。」
   「「はあっ!?」」
同時の叫びは男と伊丹だ。
  「お、おま、おまえ?」
  「なんやの。私は信じる言うてんねん。」
  「あ、俺もー。」
左手をへろんと上げたのは仁だ。目の前でやられて伊丹がツッこむ。
  「お前もかよっ!!」
  「うん、せやねん。あいつは人殺しなんかしてへんでイタミン。」
  「なんでそう言い切れるんだよ仁!」
  「カン。」
  「ってカンかよっ!!」
  「いやあホメんとって~」
  「ホメてねえっ!!」
  「おい伊丹…漫才なんかやってねえで、所轄に説明入れろよ。俺一人にやらすんじゃねえ。」
  「あ、お、おう…わりぃ。」
三浦がのそりと警察車輌にやって来た。ふいと仁を見つめて老眼鏡を上げる。
  「仁君、それには根拠があるだろ?」
  「んっ?ん~、どうやろな~。」
へらへら笑う仁をじっと見る三浦。
  「医者の見地から見て…か?それとも鬼椿…」
  「あー三浦さん。それオフレコや。」
  「ああ…そうか。」
ニコ、と笑う仁に三浦も苦笑した。ぽん、と肩を叩いて新宿西署の面々へと向かう。仁は警察車輌で話し込む怜を見つめた。
  「なんで信じるって…」
  「んー、そこは言われへん。ただ、あんたがやってへんのは知ってる。」
  「知ってるって」
  「せやけど逃げたんはあかん。心証悪うなるしそれであんたホンマに贄にされるとこやってんで?」
  「贄って…」
ゾッとした顔で男が視線を落とした。怜はそれをじっと見つめていたが、静かに話し出した。
  「…あのさ。全部ちゃんと話しなよ。警察に。全部。嘘全然入ってないほんとの事を。そしたらあの人達がちゃんと裏取りして真実を探し出してくれるから。」
標準語に戻った。そういう時の怜は対象の心の中にまで届くようにと願いながら話すのが常だ。
  「なんでそんな事言い切れるんだよ…サツなんか一番信用ならねえ…」
  「…うん。あなたが十四の時の巡査は酷い人だったね。」
男が弾かれたように顔を上げた。無線で話していた運転席の芹沢は各所に連絡を入れておりなぜか熱くなっていた。立ち上がり外に出て珍しく怒鳴っている。だから男と怜の話を聞いているのは誰もいなかった。
  「…なん…で…それ」
  「けどさ。だからって周りを傷つけていいってのは違うでしょ?気持ちはすごく、わかるんだけどさ…。」
  「…。」
  「だって、全部投げ出して極道の世界に入ってからも、あなた楽しい事何一つなかったでしょ。」
  「そんなこたねえ!」
  「そうかな。本当にそう言える?深みにはまればはまるほど、苛々してたじゃない。」
  「……」
呆然として男はただ地面を見詰めた。“苛々してた”、その言葉が何よりも男を愕然とさせたのだ。
  「その苛々、どうやったら鎮められるのかわからなくて更に荒れる。より破壊を求めてカチコミにも先頭切る。けど何をどうやってもダメだったじゃない。それなんでだと思う?」
  「…」
男が怜を見て首を振った。実に素直な、まるで十代の少年のような顔で。
  「あなたがね。最初に自分から逃げたから。」
  「逃げた…?」
  「そう。十四の時よりも前よ。十二の夏の、スーパーの屋上。」
  「!!!」
  「思い出すのも辛いよね。でもあれが全部のきっかけよ。あなた自分でもわかってるでしょ?」
  「…。」
呆然としていた。確かにあの夏の自分の行動が男のそれからの全てを決めたと言っても過言ではなかった。しかもあまりに重過ぎて彼が自分でその事実を固く封印していたのだ。たった今まで男はその事実を思い出しさえもしなかった。たった今、怜に言われるまで。
 男はそれを誰にも話した事はない。唯一それを知っている友人は死んでしまった。そこから落ちて。彼は怒っている筈だ、誰にも言えなかった、彼の手を掴み損なったなんてどうしても言えなかった。