Solid Air(前編)
「たとえば俺が急にぶっ倒れたとする。毒物だかウイルスだかが検出されて、お前の部屋からも同じものが見つかったとしたら?…今お前が持ってるその薬、どこかですり替えられていないと断言できるか?」
青年の顔から血の気が引いた。
「ごめん、俺…そんなこと思い付きもしなかった」
「いいんだ。ただ、身の回りには用心してほしい」
本当はここに来るだけでも危険なのだと、ジェットは訴えたかった。しかし傍にいてほしい、また訪ねてきてほしいという気持ちを止められず、結局自分はこの若者の優しさにつけ込んでいるのだとジェットは後ろめたさを感じた。
彼のことを本当に案じるなら、突き放さなければならないのに。
(俺は、ずるいな…)
内心で自嘲しながら、ジェットは青年の腕の中に体を預けた。髪を撫でてくれる手が心地よかった。
「もう大丈夫だから…お前はそろそろ帰った方がいい」
ジェットがそう言うと、青年は名残惜しそうな顔をした。
「また来るよ」
「…ああ」
そうやってまた彼に危険を冒させるのか。ジェットは葛藤した。
「いや、やっぱり駄目だ…もう…来るな」
絞り出すような声で告げる。
青年は「誰にもバレないように来るよ」と言って微笑み、静かにドアを開けた。
「おやすみ、ジェット」
また一人になると、ジェットの胸に孤独感が押し寄せた。結局、上層部は民間人を攻撃した事実を認めない。認めさせることができない。自分が無力なせいで死なせたあの人たちは永遠に浮かばれない。
(ちっくしょう…)
悔しい。虚しい。淋しい。ジェットは泣きたい気分だった。
作品名:Solid Air(前編) 作家名:桑野みどり