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桑野みどり
桑野みどり
novelistID. 52068
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Solid Air(前編)

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「主任、さっきリンク中尉が来ましたよ」
仮眠室から出てきた技師に、同僚の一人が声をかけた。
「ジェットさんが?」
「はい。急いでいると言うので、応急処置だけしましたが」
「また怪我を!?」
技師はカルテを奪い取るようにして素早く目を走らせた。
顔と全身に打撲痕。右頬に鋭利な刃物で切りつけられたような裂傷。
カルテには人体の前面・背面ほかいくつかの部位のイラストが印刷され、負傷や疾患の箇所を塗りつぶして図示できるようになっているが、ジェットのそれにはもう白い部分がほとんど残っていなかった。
「…どう思う?」
「リンチですね」
同僚は事務的な口調で言った。
主任技師は苛立ったように「彼の状態をどう見る?」と重ねて問いかけた。
「…平気そうな顔をしてましたが、全身の機能が低下しています。立っていられるのが不思議なくらいです。内蔵系のダメージは今更ですが、外皮部の傷が多すぎる…感染症のおそれがあります」
「その通りだ…」
主任技師は暗い表情になった。あの薬を投与したのは間違いだったかもしれないという後悔がよぎった。今は立って歩ける程度に回復しているように見えるが、一時のごまかしに過ぎない。むしろ体が動くことで、余計に無茶をさせたのではないか。それでなくても、今の彼が副作用に耐えられるかどうか…。
「主任、感情移入しすぎじゃないですか」
ぽつりと同僚が言った。技師が思わず睨むような視線を向けると、彼はふっとため息をついて床を見つめ、言葉を続けた。
「あの人に肩入れしすぎると、よそに飛ばされますよ。前の主任もそうだったし…。あなたはそれでよくても、あの人はきっと悲しむ」
そういえばこの男は整備士の中では古参だったな、と技師は思い出す。感情をあらわにしない、どこか冷たい人間だと思っていたが。
(そうか…きみも)
彼を守りたいと思う一人だったのか。その想いを冷淡さで隠してでも、彼のそばに居続けることを望んだのか。技師は目を細めた。
「ありがとう…きみを誤解していた」

◆ ◆ ◆

「えっ…宿舎に帰っていない?」
その夜、メンテナンスルームに顔を見せなかったジェットを心配して、技師は連絡を取ろうとした。しかしジェットの個室の通話機はつながらず、おかしいと思い守衛室にかけると、「宿舎内には戻っていない」と言う。
(守衛が嘘をついているとも思えないが…)
「ちょっと出てくる」
通話機を置いた主任技師は、メンテナンスルームを飛び出した。念のため直接確認しなければならない。

だが、ジェットの部屋は本当に無人だった。
「俺たちが隠してるとでも思ったんですか」
案内してくれた守衛の一人が不機嫌そうに言った。
「いや、すまない…悪かったよ」
ただ本当に心配で、と技師は言った。査問会がこれほど長引いたことは今までなかった。いや、長引いているだけならまだいいのだが、終わっているのに宿舎に戻らないとしたら…。
「会議棟の警備係に訊いてみましょうか」
守衛は査問会がいつも行われる棟に電話をかけ、様子を尋ねた。
「…照明が落ちてる?じゃあもう終わってるのか…今日の昼シフトは誰だった?連絡を取りたいんだが。…ああ、そうだ。リンク中尉の件で…」
守衛は熱心に、根気強く情報を得ようとしてくれた。ここにもまた彼の身を案じる人間がいたのだなと、技師は心強く感じた。
「…査問会自体は昼過ぎには終わっています。その後、誰もリンク中尉を目撃していません。それから…査問会が終わったのとほぼ同時刻に、護送車が一台呼ばれたそうです」
「護送車…」
「おそらく、それに乗せられたのではないかと」
「どこに連れていかれたんだ!?」
「…営倉…か、もしかしたら懲罰房」
「そんな…」
それでは、かろうじて許されている手当てすらしてやれない。人の目の届かぬ独房で、手酷い扱いを受けているのではないか。技師は歯噛みした。

◆ ◆ ◆

査問委員たちはもはやなりふり構っていられないというように、強引な手段でジェットを屈服させようとした。懲罰房での尋問は昼夜を問わず続けられた。それらはほとんど拷問と言ってよいものだった。
ジェットの体をもたせていた薬が切れると、技師に忠告されていた通り、激しい副作用が襲ってきた。拷問の苦痛よりもひどいくらいだった。体をバラバラにされるような幻覚すら感じ、いっそ殺してくれと思うほどの絶え間ない激痛にジェットはのたうち回った。
痛みがほんの少し収まって意識が明確になると、すかさず厳しい尋問が行われた。ジェットは証言を拒否した。するとまた拷問が続けられ、意識を失いそうになると電気ショックで叩き起こされた。

「きみもよくよく強情な男だな。意地を張るだけ無駄だと分からないのか」
尋問官は冷たい目で見下ろした。
「ぅ…っせぇよ…」
ジェットは半ば朦朧とした意識で悪態をついた。
「まあ、いい。今日はきみが知りたがっていたことを聞かせてあげようと思ってね」
「……?」
「きみに懐いていたあの若いパイロットだが」
それまでぼんやりとしていたジェットの目に急に光が戻ったのを見て、尋問官はほくそえんだ。
「我が軍で近々導入予定の新型軍用機のことは知っているだろう?…彼にはあれのテスト飛行をやってもらうことになった」
「新型…?…まさか…」
「そう、最初の試乗者はきみだったね。ジェット・リンク?」
ジェットの喉がヒュッと鳴った。
「嘘…だろう!?あの型は欠陥が多くて導入は見送りになったはずだ!」
「きみは乗りこなしたそうだが?」
「補助脳を目一杯使って補正プログラムを走らせたからだ。それでやっとだったんだ!生身の人間には操縦できない!墜落…する…!」
「さあね、その件については関知していない。きみが試乗に成功したことが前例になったのでは?…ともかくあのパイロットは自分から志願したよ」
「…脅したのか…」
「まさか。ただ、『ジェット・リンクを助けたくないか?』と訊いただけだよ」
「貴様っーー!」
ジェットは吼えた。拘束具がガシャンと音をたて、軋んだ。
「取り消せ…!今すぐやめさせろっ…!」
「それはきみ次第だ」
尋問官はジェットの前に紙を差し出した。そこには査問委員が望むジェットの『自白』が書かれていた。
「サインしなさい」
そうすればあの青年は助かるし、きみも楽になれるのだよ。尋問官は悪魔のようにささやいた。
「…っ!」
ジェットは視線を落とし、苦悶に顔を歪めた。どれだけ厳しい尋問にも屈しなかったジェットが、初めて動揺していた。
「拒否するのか?我々は別に構わないがね。…新しい技術の導入に犠牲はつきものだ」
残念だがね、と言って尋問官は紙をしまい、立ち去ろうとした。
「待ってくれ!…サイン…する…」
喉の奥から絞り出すような声でジェットが言った。
「よろしい」
尋問官はにやりと唇の端を上げ、書類とペンを差し出した。ジェットの右手の拘束が解かれる。がくがくと震える手でジェットはペンを握り、署名欄に自分の名前を書いた。尋問官は通話機のスイッチを入れた。
「私です。ジェット・リンクはサインしましたよ」
『おお、よくやった!念のため証言の録音も頼む』
「Yes,Sir」
尋問官はレコーダーを取り出し、ジェットに突きつけた。
作品名:Solid Air(前編) 作家名:桑野みどり