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桑野みどり
桑野みどり
novelistID. 52068
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Solid Air(後編)

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chapter.7


「脳波、安定しました」
「生命維持プログラム再起動します」
(よかった、これで当面の危機は去った…)
技師は嘆息した。まだこれから、傷ついた組織の摘出とパーツ交換、皮膚の張り替えとやるべきことは沢山あるが、ともかくジェットの命は繋がった。

救出されたとき、ジェットは本当に危険な状態だった。無数の外傷から侵入した雑菌に免疫システムが対処しきれず、感染症を起こしていた。もし脳炎を併発していたら、いくらサイボーグでもひとたまりもないところだった。ジェットの体は、外からの衝撃に対する耐久性においては通常の人間とは比べものにならないほど堅牢だが、体の内側からの侵食には弱い。血液の代わりとなる循環液も、彼の体は自力で作り出すことができないのだ。「食べて、寝て治す」という自然治癒の恩恵を彼は受けられない。
生きた戦闘機。米軍の隠し玉。世界の軍事バランスを壊しかねない恐ろしい兵器。そんなふうに彼のことを噂する人々がいる。そのジェット・リンクが、今はこんなにも脆く、儚い姿をさらしている。そして彼をここまで追い詰めたのは、何の特殊な力も持たないただの人間たちなのだ。技師はやりきれない思いをため息と一緒に吐き出した。

モニターで脳波や各種の生命反応をもう一度確認すると、技師は皆に声をかけた。
「いったん区切りをつけよう。私が彼をみているから、みんな休んでくれ」
傷んだ部位の交換手術は一日がかりになる。休めるうちに休んでおいてほしいと説得し、渋るスタッフを処置室から追い出した。


「あんた、腕は確かなようだな」
誰もいない空間から声がした。
「見直してくれました?」
技師は振り返り、苦笑した。
壁と同化していたグレートが能力を解く。白衣を羽織り、どこから調達したのか軍の身分証カードを首にぶら下げていた。
「まあ、な。こいつの体をいじるならそれくらいでなきゃ困る」
グレートは冗談とも皮肉ともつかない口調で言った。
「もう一人の方は?」
「基地の外で待機だ。あいつは目立ちすぎるからな」
そもそも、部外者が侵入したというだけでもありえない事態だ。できるだけ無用なトラブルは避けたい。グレートはそう考えていた。
(こういうときは自分の能力に感謝するぜ)
グレートは首に下げた身分証カードの写真を見つめ、その人物そっくりに顔を変化させた。休暇中の職員の身分を借りることにしたのだ。グレートの変身能力を初めて見る者はたいてい目をむいて仰天する。驚いたかい?と得意気な顔で相手を見たが、技師はまったく無反応だった。グレートはほんの少し落ち込んだが、相手が疲れすぎているせいだと結論づけた。
「ジェットは俺がみてるぜ。あんたも休んできたらどうだ?」
「そうですね…ありがとうございます。すぐ近くの休憩スペースにいますから、何かあったら呼んでください」
処置室を後にしようとした技師は、何かを思い出したように立ち止まった。
「これ…ジェットさんから預かっていたんです」
小指の先ほどのチップを取り出し、グレートに差し出す。
「彼のメモリーチップのコピーです」
「例の事件の映像だな。ジェットはこれを公開してくれと言ったのか」
「…彼にもしものことがあったら、そしてそのときまだ私に告発の意思があれば、それを持って昔の仲間…あなたたちを頼るようにと言いました」

『みんな俺のこと怒ってるかもしれねえけど、お前のことは守ってくれるはずだ』

ジェットがそのように言ったということを聞くと、グレートは顔を曇らせた。
「…自分を助けてほしいとは、言わなかったんだな」

(メモリーチップを託して、一人で死ぬつもりだったのか)
グレートは椅子にかけ、眠り続けるジェットの青白い顔を見ながら小さくため息をついた。
(俺がしたことは何だ、道化か?)

「早く目を覚ませ、002…」
そして俺たちに何か言えよ、とグレートは一人つぶやいた。

◆ ◆ ◆

どれくらい経った頃か、ふいにジェットのまぶたがピクリと震えた。モニターのピッピッという音が上り調子に変わっていく。意識が戻りかけているようだ。
「ジェット」
グレートは彼の顔を覗き込み、呼びかけた。
息を詰めて待つこと数分後、ジェットの目がひらいた。まだ焦点の合わない青い目がゆらゆらと虚空をさまよう。
「ジェット。俺がわかるか」
グレートは既に変身を解き、いつもの顔に戻っていた。
ジェットが何か言いたそうに身じろぎをした。今、彼の脳は機能を制限してあるため、脳波通信は使えない。
「動くなよ、じっとしてろ」
ジェットを制止しながらグレートは彼の口元に付けられた呼吸器をそっと外した。
ジェットはかすれた声で言った。
「ジョーは…無事…か…?」

グレートは怪訝な顔をした。なぜジェットはジョーの異変を知っている?いやそれより、もっとほかに言うことがあるだろうが。
「ジョーは…ジョーはどこだ?無事なのか…?」
ジェットは何か必死な様子で繰り返し尋ねてくる。
「…なぜジョーのことを訊く?」
「教えてくれよ…ジョーはどうなったんだ?…ちゃんと生きてるよな?俺が生きてるってことは、イワンがテレポートさせてくれたんだろ…?」
グレートは慄然とした。
(こいつは今、過去にいるのか)

グレートが驚き戸惑っていると、ジェットは不安を感じたのか、ますます必死になった。
「グレート…?なんで黙ってるんだ…ジョーは…おい!ジョーはどうなったんだ?まさか…!?」
「待て、ジェット。まだ動ける体じゃない」
しかしジェットは信じられないような力でグレートの制止を押しのけ、転がり落ちるように処置台から降りた。ジェットの体に繋がったチューブがぶちぶちと引きちぎられる。
「おい!だめだ、ジェット」
「ジョー!!」
ジェットはグレートの腕から逃れようともがきながら叫んだ。

「ジェットさん!落ち着いて下さい!」
主任技師が飛び込んできてジェットを押さえた。
「何だよ、お前は…!?放せ!はなせっ…!」
暴れるジェットをなんとか2人がかりで押さえ込む。

「一時的な記憶の混乱です。じき治りますから…今は、彼を安心させてあげてください」
技師はグレートに耳打ちした。
「わかった。…おい、ジェット、落ち着け。ジョーは無事だ」
ジェットの体から、ふっと力が抜ける。
「本当に…?」
「ああ。本当だ。今ギルモア博士が手当てしてる。ジョーはちゃんと生きてるよ」
「…よかっ…た…」
ほっとしたようにジェットはつぶやいた。くたりと脱力し、無防備に体を預けてくる。グレートはジェットの乱れた前髪をくしゃりとかき混ぜた。
「お前のおかげだ。よく頑張ったな、ジェット。…もう少し、眠るといい」
「ん…」
張り詰めていた糸が切れたように、ジェットは再び眠りに落ちた。


「前にもあったのか、こういうことが」
「…たまに…ですけど。脳に負荷がかかりすぎたときなんかに、時々」
技師は外れたチューブ類をジェットの体に付け直しながら、言葉を濁すように答えた。
「そのときもジョーのことを?」
「はい。彼にとって、よほど大切な人なんですね、そのジョーという人は……ああ、すみません。詮索するつもりじゃないんです」
グレートの苛立ちを察したように、技師は少しおびえた口調で言った。
作品名:Solid Air(後編) 作家名:桑野みどり