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桑野みどり
桑野みどり
novelistID. 52068
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Solid Air(後編)

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chapter.8


ジェットを整備技師たちに託した後、ジェロニモは人目を縫って基地を抜け出した。変身能力のあるグレートならともかく、背丈も幅も大きい彼は目立ちすぎてしまうからだ。
下手にこそこそするより正面突破だ、そう言ってグレートが手渡してくれた身分証カードを見せ、教えられた通りの台詞を口にすると、嘘のように簡単に警備兵は門を開けてくれた。

フランソワーズが待機するヘリに向かいながら、脳波通信で状況を聞く。
『軍上層部で勢力闘争があったらしいの。民間人攻撃事件を揉み消そうとしていた高官は、敵対する勢力に嵌められて失脚させられたみたい。今度はその男と取り巻き連中が査問会と軍法会議にかけられることになるわ』
「その一派が今回の黒幕だったんだな?」
『そう。ジェットの臨時メンテナンスの申請を受理しないように圧力をかけていたのも、この連中よ。彼らは事件をなかったことにしようとして、ジェットに嘘の証言を無理強いした…』
フランソワーズは淡々と冷静な口調で話していたが、その心には燃えるような怒りと悲しみが渦巻いているはずだとジェロニモは思った。
003の強化された視覚と聴覚は、常人なら目を背けるような光景までクリアに捉えてしまう。加えて近年追加されたハッキング能力は、彼女にますます多くの情報を与えることになった。暴力的なまでの音と光の洪水は、時に彼女の優しすぎる心を窒息させる。
ジェロニモが見てさえ、ジェットの様子は痛ましかった。戦闘による負傷とはまったく違う、明確な悪意によって傷つけられた体。ゼロゼロナンバーズはこれまで何度も命を狙われ、大怪我をしたことも数えきれないが、苦しみそれ自体を目的として傷つけられることには慣れていなかった。ジェットに苦痛を与えるためだけに行われたであろう行為を思うと、ジェロニモは胸の奥が痛んだ。フランソワーズはおそらくジェットの居場所を探るために、監視カメラの映像を覗き見たのだろう。そこには、拷問を受け、悶え苦しみ、衰弱していくジェットの姿が克明に記録されていたに違いない。そしてジェットを苦しめた加害者の姿も。
それを見てしまったフランソワーズの心情はいかばかりか。
(…彼女もまた、危うい)
ジェロニモにはフランソワーズの冷静すぎる様子が不穏に感じられた。

そしてジェロニモの予感は当たった。ヘリに戻った彼は、目の前の光景に絶句する。
「何を…しているんだ、フランソワーズ」
「何って。決まっているでしょう。あの連中を殺しに行くの」
振り返りもせず、凍りつくような冷たい声で彼女は言った。


フランソワーズは戦闘用の、動きやすく目立たない色の服に身を包み、ガンショルダーを着けていた。確実に人を殺傷できる実用性の高い武器だけを選んで装備している。今まさに最後の仕上げとばかりに、ハンドタイプの小型マシンガンを調整しているところだった。
「ヘリで近づくと探知されてしまうから、身一つで行くわ。止めないで頂戴」
がしゃん、と重い金属音。我に返ったジェロニモはあわてて彼女の華奢な肩をつかむ。
「馬鹿なことを…!だめだ、やめるんだ!」
彼女は顔をあげ、無感動な翡翠色の目をジェロニモの方に向けた。ぞっとするほど冷たい目だった。
「手伝う気がないなら黙ってて」

「正気に戻ってくれ、フランソワーズ!どうかしているぞ」
「私は正気よ。奴らはもうすぐ軍事拘置所に護送される。警備の薄い今がチャンスなの」
「…なぜ、君が手を下す必要がある!?彼らは法の裁きを受けることになったのだろう?」
「軽い処分で放免されるかもしれないわ。最悪でも死刑は免れる。でも私は…私は、ゆるせない…!」
フランソワーズは唇を震わせた。
「あんな連中がのうのうと生き延びるなんてゆるせない。きっとまた同じようなことをするわ。また誰かをひどく傷つけるわ。だから今殺さなきゃ…」
メゾソプラノのなめらかな声がひどく物騒な言葉を奏でる。ジェロニモは彼女の前に立ちふさがり、断じて行かせまいとした。

「そこをどいて、005」
「やめるんだ、フランソワーズ。行かせるわけにはいかない」
「どきなさい」
「だめだ!…きみの足を折ってでも、きみを止める」
フランソワーズはふっと艶やかに笑った。
「できるわけないわ」

ジェロニモは焦った。自分には彼女を傷つけることはできない。どうすれば、いい。
「では私も連れていけ。きみが殺したい相手は、すべて私が始末しよう。…きみが憎しみに駆られて人を殺すのを、見たくない」
フランソワーズの顔に動揺が走った。
「…だめ、だめよ。私を一人でいかせて」
「なぜだ?後ろめたいのか?…フランソワーズ、君は君のしようとしていることが正義ではないと分かっているはずだ」
「…そ、れは…」
視線を外し、彼女はうつむいた。ジェロニモは厳しい声でとどめをさす。
「君が正気だというなら、防護服を着て、誇りをもって行きたまえ。それができないなら、君はテロリストと変わらない」
「…!!」
ぐ、とフランソワーズの体がこわばる。ぽたり、ぽたりと落ちた大粒の涙が床に跳ねる。

「…じゃあ、どうすればいいの!」
フランソワーズはジェロニモに胸を叩き、声をあげて泣いた。
「どうしたらいいの…!?もし、ジェットまで…失うことになったら…ジョーのように…」
血を吐くような切れ切れの言葉がジェロニモを打った。彼は、フランソワーズが本当は、怒りよりも憎しみよりも『大切な人を失う恐怖』に駆られていたことを知った。
「ジョーは生きている、フランソワーズ。ジェットも死んだりしない」
ジェロニモは言いながら、自分の台詞が空虚に思えた。ジョーはあれで生きていると言えるのか?それに、今のジェットは予断を許さない状況だ。それでも彼女を安心させるために「大丈夫だ」と繰り返した。

フランソワーズの脳裏には、過去の辛い出来事がフラッシュバックしていた。かつてジェットがジョーを追って大気圏外に飛んで行ったときの事が。
「私…あのとき、二人がもう戻ってこないと思って…死ぬほどつらかった…。一生分泣いたわ。あんなこと…二度は、耐えられない…!」
「フランソワーズ…」
ジェロニモは小鳥のように震える彼女を、そっと抱きしめた。

◆ ◆ ◆

『ジェットの容態が安定したぞ。そっちでも見てるかもしれんが』
グレートから脳波通信が入った。
「ええ…見えているわ」
フランソワーズはようやく肩の力を抜いた。その顔には疲労の色が濃い。
「フランソワーズ、能力を使いすぎたんじゃないか?少し休んだ方がいい」
ジェロニモは心配げに言った。能力の負荷もあるが、精神的ダメージが彼女の神経をすり減らしている。
「いいえ、平気よ」
「いや、君には休息が必要だ。…我々のために体力を温存してくれ」
ジェロニモは暗に、これから戦闘なり何なり、能力を使わなければならない可能性があるということをほのめかした。彼女自身のために休めと言ってもフランソワーズは絶対聞き入れない。仲間のために今は力を蓄えなければならないと強調することで、ジェロニモはようやく彼女を説得することができた。
ジェロニモはしばらくフランソワーズの寝顔を見つめていたが、何かいたたまれない気持ちになって視線を外した。

(静かだ…)
作品名:Solid Air(後編) 作家名:桑野みどり