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桑野みどり
桑野みどり
novelistID. 52068
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Solid Air(後編)

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chapter.10


「っ…!」
グレートが去った後、ジェットは片手で顔を覆い、歯を食いしばった。
後悔はしていなかった。それでも、胸に穴が開いたような虚無感を感じた。肘から先がちぎれた左腕よりもよほど痛かった。

「ジェットさん…?」
おずおずと様子をうかがうように声がかけられた。
「…悪い…もう少し、一人にしてくれるか」
くぐもった声でジェットは答えた。

技師は静かにドアを閉め、足音をたてないようにその場を後にした。


『あいつを頼む』
技師にそう告げて、ジェットの仲間だという男は去った。
二人の間でどんな会話がなされたのかは知らない。しかし結局、男は去り、ジェットは声を殺して泣いている。
(連れて行ってしまうかと思ったのに…)
あの男は間違いなくジェットを案じていた。彼のために怒り、彼のために哀しんでいた。そのまま彼をさらっていきかねないほどだったのに、しかし男は一人で去った。『もう二度と会わない』、そんな空気さえただよわせて。
(どうすれば、あの人は救われる?)
誰なら彼を癒せるのか。声を出して泣いていいと言ってやれるのか。もしそれができる人間がいるとしたら、彼が繰り返し呼んでいた『ジョー』という人物がそうなのではないか、と技師は直感的に思った。 『ジョー』が何者なのか、どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかも分からない。けれど、生きているなら早く彼を迎えに来てあげてほしい、と祈らずにはいられなかった。

◆ ◆ ◆

グレートたちが帰った翌日のことだった。
容態が落ち着いたので、ジェットは破損したパーツを取り換える手術を受けることになっていた。交換箇所はほぼ全身に及ぶ。かなりの長丁場になると聞かされていた。体を消毒され、無菌状態の処置室で体を横たえていたジェットは、部屋の向こうから何か言い争うような声がするのに気づいた。耳を澄ますと、フランソワーズほどではないが普通の人間より遥かに優れたジェットの聴覚は、二人の人物の会話をたやすく拾い上げた。

「…ですから、会わせることはできません!これから換装手術なんです。彼はもう無菌室に入っているんですよ」
「後回しにすればいいだろう。少将殿がじきじきに会いたいとおっしゃっているんだ」
「誰であろうとルールは守っていただかないと」
「いいから彼を連れてきたたまえ!」
「彼には安静が必要なんです。出直してください!」

片方は主任技師の声だ。
誰かがジェットとの面会を要求しているらしい。
(ふうん、少将殿ねぇ…)
ジェットは起き上がり、処置室のドアを開けた。そのままメンテナンスルームを横切り、技師と訪問者が押し問答している入り口へ向かう。

「何?俺に用事?」
「あああ、出てきたらだめじゃないですか!雑菌が付きます!」
技師は振り返って怒鳴った。別に無礼な客へのあてつけというわけではなく、文字通りの意味である。

「ああ、わりぃ」と軽く謝りながら、ジェットは技師を庇うように前に出た。
押し入ろうとしていた男は、好奇の視線を隠そうともせずじろじろとジェットを眺めた。ジェットはこれから手術の予定だったため、いっさい衣服をまとっていなかった。包帯や保護テープも外してあるので、左腕の切断面も、皮膚を破って突き出ている肋骨も、えぐれた穴から筋繊維や循環液パイプがのぞいている腹部もすべてむき出しになっている。技師はすばやく身を翻し、薄い水色の検査着を掴んで持ってくると、なぜか苛立った様子で「着てください!」と言ってジェットに羽織らせた。
ジェットにとっては人工の体それ自体が服のようなものなので、裸が恥ずかしいという一般的な感覚はあまりない。が、やはりよくよく考えてみれば人前でふさわしい格好とは言えないだろうなと思い、素直にその簡素な服に袖を通した。

「それで、誰が俺に会いたがってるって?」
「国家憲兵隊国内監査部司令官づき補佐、兼、第一巡視特務班担当指揮官であられるロストック少将閣下だ」
男は長い階級名を淀まず発音した。
そういえば軍上層部で派閥争いがあったとかグレートが言っていたな、とジェットは思い出した。

(俺をダシにしてライバルを蹴落としたってとこか?)
まさか同情で助けてくれたわけではないだろう、とジェットは思ったが、何にしても相手の思惑を確かめておく必要があった。
「いいぜ。会おう」
「会うかどうかは君が決めることではない。君はただ『YES』と言ってついて来ればいいのだ」
ロストック少将の部下だという男は横柄な態度で言った。

「ちょっと待ってください、安静が必要だと言ったでしょう!?外に出歩かせるなんて、とんでもない!」
憤慨した様子で技師は言った。
「いや俺は別に…」
「駄目です!昨日まで意識不明だったのを忘れたんですかっ!」

お前って心配すると怒るタイプなのな、とジェットは苦笑した。

「仕方ない、少将閣下は大変ご多忙なのだが、ここへ来ていただくよう進言する」
ついに諦めたらしく、男は不満げな表情で渋々退散した。

◆ ◆ ◆

「部下が失礼をしたようだ。すまない」
ロストック少将はジェットを前にして、丁寧に詫びた。
「わたしは元よりここへ見舞いに来るつもりだったのだが。部下が勘違いをしたようでね」
少将は初老の落ち着いた雰囲気の男だった。予想に反して誠実で良心的なその態度に、ジェットは毒気を抜かれた形になった。
「…ジェット・リンクです」
「ファーストネームで呼んでも?」
「どうぞご自由に」
答えながら、ジェットは少し驚いた。
(まるで人間のように扱うんだな)
軍部の高官にはあまりいないタイプだ。大抵の連中はジェットのことを、まず第一に兵器として、次に道具として見る。名前で呼んでもいいか、なんて訊いてきた者はこれまでいなかった。少将は右手を差し出した。握手。これもあまり経験のないことだ。温かい手のひらがジェットの手を包み込んだ。
この人、ロマンスグレーの髪がちょっとハインリヒに似てるかもな、と思ってジェットは緊張をゆるめた。


「ジェット、まずは君にお礼を言いたい」
ロストック少将は真摯な表情で言った。
「ありがとう。君のお陰で、真実が明らかになった」
その言葉には何の裏も、下心もないということをジェットは確信した。少将はジェットの左腕があるべき場所に目を向け、中身のない布地だけがだらりと下がっているのを見て、痛ましげな表情をした。
「彼らの不正に気づくのが遅れてすまなかった。拷問を…受けたそうだね。さぞ苦しい思いを…。本当に、すまない」
「いえ、そんな…あなたに謝っていただく必要は、」
「いや、私が謝りたいのだ」
少将はもう一度深々と頭を下げた。
ジェットは、理不尽に、また乱暴に扱われるのには慣れていたが、こんなふうに優しくねぎらわれることは久しぶりすぎて、どうすればいいか分からなかった。戸惑ってしまい、ただ相手の言うことにうなずくのみだった。
「民間人攻撃の件は、誠に遺憾に思う。だが隠蔽など許されないことだ。間違いは正さねばならない。そこで、改めて公正な査問会を行うことになった。君には、そこで証言を…真実の証言をしてもらいたい。君を酷い目にあわせた人間の顔をもう一度見るのは嫌かもしれないが、どうか…」
作品名:Solid Air(後編) 作家名:桑野みどり