【相棒】(二次小説) 深淵の月・柘榴の目
「怜。おめー、十日前に行った心霊スポットな。」
「へっ?」
「あそこにあれから後も、行ったんじゃねえだろうな。」
ぎょっとして怜は伊丹を見つめた。まさかそんな事を振られるとは思わなかったのだ。ぶんぶんと首を振り手振りもつけて否定した。
「まさか!行くわけないじゃん、あんなことのあった場所に!」
「だよな…。」
ふんふん、と頷いてなにやら納得する伊丹。内心ドキドキしながら怜はその様子を伺った。あの夜の「事の顛末」がまさかバレたのではあるまいかと、そのおっかない可能性を完全には捨てきれなかったからだ。
“十日前に行った心霊スポット”とは、怜が同じ大学の友人の友人から誘われた場所である。民俗学部に所属する怜は大学生活以外の「活動」が忙しく、学内のサークルには一切入っていない。この凄まじいまでの美貌で一年以上前の入学時にはそりゃあ大変な思いをしたものだが、大学によく迎えに来てくれる仁を恋人と(勝手に)勘違いされたり、更に一年経って警視庁に出入りする上特定の「目当ての警官」がいる事が知れてくると自然と騒がしさも消えて行った、潮が引くように。やれやれとほっとしたのも束の間、仁と時折行っている「夜のお散歩(退魔行)」が一人の大学同期にバレた。というかその当事者だった。あちゃー、と頭を抱えた怜は他の誰にも言わないように念を押し、そんな軽率な輩でもないから大丈夫だろうと思っていた矢先実にタチの悪い男に引っ掛けられたというわけだ。「友人」がその当事者で、「友人の友人」がそのタチの悪い男だったわけである。
別にその男子学生が怜の事をバラしたわけではなかった。元々そのタチの悪い男が大学入学当時から怜に目をつけていたというだけの事だ。サークルの先輩という威光を笠に着て、怜と親しいと知れた後輩を脅しつけたという次第。人が好いその子に拝むように頼まれれば嫌とは言えず、怜自身はめんどくせー、と思いながら心霊スポット探索という実にくだらない趣向に付き合わされたのだった。
しかしそんな道行きがタダで済む筈はない、なにしろ連れているのは怜なのだ。低俗な霊能者なら“そこにいる方々”も騒ぎはしない、怜ほどの能力者だからこそ“御大まで引きずり出される”のである。キャーキャー騒ぐ女の子を男らしく庇っていい目を見ようとその程度だった男は本物を視覚的に見てしまい腰を抜かした。しかしそれだけでは済まなかった、この男は殺人者だったからだ。
最初からそれも全てわかっていた怜は敢えて男の誘いに乗ったのだった。死後までも気の毒な目に遭っていた被害者女性を救い出せば後は簡単、仁と一緒にその場所にいた全部を“ひっくるめて”捕獲した。金の亡者の霊団と化していたその団体さんは後に角菱会という広域暴力団に送られる事になるがそれはまた別の話。殺人者だった「先輩」を明け方の警視庁まで護送した怜と仁は伊丹に後を任せ全て自白させたのだった。(もちろん彼が実際に見たおどろおどろしい団体さんと怜・仁の“力”は抜きにして。まあ言い含めなくとも捜一トリオはまず錯乱していると解釈するし自白の裏取りに必要なのは事実と現実の部分だけなのでわあわあ喚き立てようがあっさりとスルーされるだろうが。)それが十日前。
「なに、あのセンパイ、まだ何かしてたの?」
「ああいや、あの事件じゃねえんだ。あの後な。」
伊丹が話し始めた。それが事の始まりになるとはさすがの怜もわからなかった。
「あいつの供述で、被害者女性の死体も出たとは言ったよな?」
「うん、お葬式には行かせてもらおうと思ってる。だけどまだご遺族の元にはお返し出来ないんだよね?」
「ああ、さすがにまだだ。骨だけになっちまってるし、自供は取れたとはいえまだ調べる事もあるからな。ただ、」
「ただ?」
「この事件には直接関係はねえんだ。ねえんだが…」
「…?どうしたの?憲兄。」
「ああ…遺体の捜索中に、ちょっと不思議な事があってな。」
伊丹がまっすぐに怜を見つめる。捜査員ではなく身内の者に身の回りの出来事を話すような、一歩程度近い雰囲気だった。
「なにしろ山ん中だ、供述じゃあおめえが行った心霊スポットの隣の山って事だったがまたその山がでけぇ。」
「うーん、奥多摩の更に奥だもんねえ。」
「まったくだ、しかもどのあたりって場所を明確には覚えてねえときた。」
「まあ、山の中って、ただ“山の中”ってだけだもんねえ…。」
かり、と怜は頭をかく。実はそこも被害者女性を手元に置いていた怜が「助けた(すけた)」のであるがそれは誰も知らずとも良いこと。
「とにかく大がかりに人海戦術を採った。奴の供述と似たとこを徹底的に捜したんだが、その時に被害者とは違う死体を発見しちまったんだ。」
「えっ!?」
これには本当にびっくりした。そんな事実は聞いていなかったからだ。
「ほ、ほんと!?なに、そこでも殺人!?」
「いや、ちがうちがう。」
笑って伊丹が否定する。
「仏さんはけっこうな年寄りでな、死因も心臓発作。事件性は何にも無い、その日の朝いつもの通り山に入ってぽっくり逝っちまった。で、午後イチで俺らが見つけた、まあいわば死にたてほやほやのホトケだったんだ。」
「あ…。」
そんな事もあるんだ。怜は不謹慎と思いつつも胸を撫でおろしてしまった、心の中で詫びながら。しかし。
「憲兄、それのどこが不思議なわけ?」
「ん、ああ、それがな。そのホトケさんの死に場所ってのが、社の前だったんだ。」
「え…!?」
ざわりと怜の背中が粟立った。これは偶然ではないと、怜の感覚が告げていた。
「その社ってのが、お前の言うような山の神様なんて単純なもんじゃなくて。」
「うん。」
「なんつったか、ナントカってバケモンを、封じ込めたって社だったんだ。」
「……。」
ざわり。更に怜の全身に鳥肌が立った。
作品名:【相棒】(二次小説) 深淵の月・柘榴の目 作家名:イディ