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【相棒】(二次小説) 深淵の月・柘榴の目

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  〈…たくこれだから女ってのぁよ!〉
そう言って柘榴は小さく羽ばたいて中空に“留まった”。次の瞬間翼をいっぱいに広げ力の限りに振り下ろした、空気の中に柘榴自身の“力”もいっしょくたにして。カラスの体を中心に凄い勢いの竜巻が巻き起こりミヒロの霞んだ体が吹き飛んだ。しかし沼色の霞は牙に引っ掛かり手繰り寄せられるようにしゅるしゅると元に戻ってゆく。それを許さず柘榴の瞳に何かが集まってきた、見えない左の目にである。空気がたわみ歪んで柘榴の左目に集まってくる。歪む。歪む。傷が目がぐにゃりと曲がる、エネルギーの塊がぐるぐると渦を巻いて左目に集中していた。沼緑の霞がミヒロを形作った刹那柘榴がそのらせんを一気に押し出した。
“どん!”一直線に向かった先はミヒロの眉間。霞をも貫いて、びしりと穿たれた穴はレーザーで撃ち抜かれたようだった。バサッ!と一度大きく羽ばたいて柘榴は一瞬でかなりの上空へ飛んだ。見下ろすカラスががあがあと悪態をつく。
  〈がらにもねぇや、張り切っちまったじゃねえか!〉
  「うふ、素敵よ柘榴!」
こいつ将来不安だな。カラスに悪女の心配をされたとはさすがの怜もわからなかった、それどころではなかったので。
 風を巻き起こしながらショウキが実体化していた。胸から肩に差しかかった所で怜は棒を引き抜いた。怜から送り込まれた“力”がつむじ風のような渦を巻き首へと上がる。その側でミヒロががくがくと震えていた、霞のままの体はしかし妙にしっかりとした存在感があった。風が昇る、顎、耳、頭のてっぺん。灰色ではなく浅黒い肌だ。全ての体の部分が露わになったショウキは空に向かって吠えた。

   “おおおおぉん!”

 びりびりと穢れた大気が震える。ミヒロも揺れる。柘榴は羽ばたき怜の肩に留まる。怜は笑った。にやりと、勝利を確信して。

  〈怜!〉
  「柘榴、吹っ飛ばされないように爪立てときなさい!!」
 言うが早いか怜は白く燃える棒を地面に突き立てた。そして一気に“力”を放出したのだった。“どおん!!”
 大地が揺れた。縦に横にぐらぐら揺れる、山そのものまでも揺すりあげるような大きな脈動。バケモノ達の背後に在る社を中心にした四方でぼうと光るものがあった。札だ。柘榴の金の目が見開く。怜の祖父が仕掛けたそれは正確な正方形を描き社を囲んでいた。
  〈式か!〉
  「桐生院は陰陽師の家よ、柘榴!」
  “おおおおぉん!”
相反する質の力にショウキが苦しげに顔を歪めた。きん!きん!と四つの札から透明の壁が吹き上がってきた、しかしそれでは足りない。怜はその四角い箱を囲むようにドーム状の壁を張った、地中ごとひっくるめて。二重に囲まれた結界の中ショウキの実体化した筈の体が縮んできた。当然だった、実体化した力は怜のもの、桐生院の力だ。その結界の中に閉じ込められた今ショウキの体はショウキの言う事を聞かない。ひゅん、と棒を振って再び正眼、さっきよりもいっそう激しく燃える白い炎。柘榴の嘴が開く。
  〈――――――――!!〉
言葉では言い表せない言葉が迸る。それにびくりと反応し、ミヒロの暗い穴でしかない瞳がかっと見開いた。
  【がああァァ!】
いきなりミヒロがショウキを襲った。そこだけはしっかりとしている牙で首に噛み付いていた。額に穴を開けたミヒロはさながらゾンビに見える。ばりばりと肉を引き千切り肩まで裂く。これじゃリアルにスプラッタだ。怜は顔をしかめた。
  「うわエグいわー、これどこのバイオハザード?」
  〈キリュウの娘はあんぶれら社よか優しいだろう?とっとと片付けちまいな。〉
  「意外なもの知ってるのね柘榴。」
素でびっくりして肩を見やる怜。にやりと柘榴が笑った、ように見えた。棒を腰に差すとすうと息を吸い込み頭の中に真言を浮かべる。怜にとって特別な真言だ。両手を下に広げ掌を空に向ける。その掌に集中してイメージする。炎のイメージだ。
  「…のうまくさらばたった…」
  【がああァァ】
  「ぎゃていびゃくさらば…びゃく…」
  【ぎゃああァァ】
ぼう。炎が点った。見える者だけでなく結界の中にいる今なら普通の人間にも見えただろう、怜の掌に咲いた地獄の業火が。
  「…せんだんまあかろしゃだや…」
  〈こいつぁおっかねえや。地獄から直接引っ張ってきやがった…!〉
柘榴が慌てて肩から離れる。ゆらりと怜の背後に何かの影。炎を纏った憤怒の影だ。
  「けんぎゃきぎゃき…」
  【ぎえぇぇ】
怜のただならぬ気配にショウキが気付いた。逃げようとするのだがミヒロが食いついていて動けない。切羽詰ったショウキはバケモノ特有の行動に出た。ミヒロを斬り捨てたのである。ミヒロの霞の首を掴むとどうやってだかぎりりと捻り上げ、ぶつんとその首を千切ったのだ。げ、と柘榴が呟いたがミヒロの首が飛んできて素早くよけた。食い散らかされた自分の左腕もちぎって捨てるとショウキは怜に襲いかかってきた、最後のチャンスだったのだ。
  【貴様を喰らえば純血のオニを喰らうと同じ…!そっ首よこせえぇ!!】
くわあと開いた闇の入口、唾液が滴る牙。
  〈怜!〉
しかし怜に隙は無かった。逆に地を蹴るとショウキに突進した。そして炎が燃える両の掌をショウキの胸に叩きつけた。
  「さらばびきなん」
ぼうっと炎がショウキに移った。黒目だけの瞳が見開く。
  「うんたらたあかんまん!!」

    “ぼんっ!!”

鈍い音がした。くぐもった爆発音のようだった。一瞬でショウキの体が一本の柱のように燃え上がったのだった。声も叫びも咆哮もなくショウキはただ燃えていった、まるでからからに乾いた枯れ木のように。くるりと踵を返した怜は視界の端で羽ばたき社のてっぺんに留まった柘榴を見た。
 燃え盛り燃え尽き、ショウキはミヒロの霞の体も道連れにこの世から消えた。他の何にも炎が移らなかったのはひとえに結界のおかげだ。でないと山全部を焼き尽くす大火事になっていただろう。怜がふわりと腕を振りそれを解除した。空気が流れた。対流が二体の残滓をさらい風に乗せる。後に残った社がからっぽの軽さで柘榴を支えている。体を伸ばして翼を開き柘榴は怜に問い掛けた。
  〈火界呪かい。〉
  「ええ。」
  〈おっかねえ娘だな…そこらの坊主でも火界呪を唱えるこたぁ出来るが、地獄から直接“地獄の業火”ってやつを引っ張ってきちまうなんざそうそう出来るもんじゃねえぜ。〉
  「伊達に生き抜いてないのよ。この二十年を。」
柘榴の金の瞳が大きくなる。ばさりと社から飛び立った。すいと差し出されたレザーの右腕に留まり柘榴はまじまじと怜を見た。
  〈…おめぇさん、おもしれぇな。〉
  「そう?普通の女子大生よ私。」
にっこり笑った怜にまた嘴を開き、不可思議な烏はかくかくと笑った。
  〈おもしれぇ。こいつぁいいや、退屈しねえやおめぇさんといると。〉
  「人を娯楽の殿堂みたいに。私ヒマじゃないのよ、あなたの相手なんてしてる時間ないわ。」
  〈そうつれねぇ事言うなよお嬢ちゃん。この山ァもうじき開発業者に売られちまうんでな、おいら宿無しになっちまうのさ。可哀相だと思わねぇかい?〉
  「え?それホント?」