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【相棒】(二次小説) 深淵の月・らせん

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深淵の月・らせん




 平成二十一年十二月。昨日から師走に入ったその日、神戸尊は神戸尊ではないいでたちでそこに居た。警視庁近くのカフェテリア、最近流行りの朝活をする人間もちらほら見えるオープンエリアは肌寒さもあってあまり埋まってはいない。テーブルの上には冷めきったカフェオレ、経済新聞を読むふりの耳にはイヤホン。FMラジオに繋がっているように見えるそれは実は集音装置だった。カップの隣に置いたラジオもどきは高性能だった、オープンエリアの端に居る神戸と反対側のはじに座っている二人連れの会話を、先刻から切れ目なく正確に拾っていたからだ。
  【官房長の欲しがっていた証拠です。】
杉下右京の声が聞こえる。何の感情も窺えないいつもと変わらない平坦な口調。
  【僕、欲しいなんて言ったっけ?】
警察庁官房室長、小野田公顕。この二人の不可思議な繋がりをなんとしても知りたかった。神戸が今ここにいる理由はただそれだけだった。

 自分が突然特命係に飛ばされる事になったあの運命の日、この小野田もそこにいた。理由を説明される事もなく、ただ警察機構への杉下右京の適性を計れと言われ二階級降格が決まった。それだけの為にしては集まったメンバーが実にものものしかった、その日から神戸の警察庁そのものへの疑問が降って湧いたのだった。
 杉下右京は確かに天才で、人間性に多々問題はあれど「犯罪撲滅」という観点に立てばなくてはならぬ必要悪、パラドクス的な存在だろうと神戸は思っている。杉下そのものがあまりに超法規的な人間であるが故に特命係なんて場所に押し込められてはいるが、特命係だからこそ活きる人材でもあると言える。その杉下と小野田との繋がりは警視庁内の誰もがその実を知らない。一言で言えない雑多な事情と感情の末の絆であろう事は容易に知れたがそれを他人から聞かされるのは嫌だった。自分でこそこそ嗅ぎまわって事実の欠片をかき集めるのも嫌だった。焼き鳥屋からの帰り道、「きみの方は僕に隠し事をするつもりのようですねえ」、そう言われて酷く傷ついたのを神戸は忘れられない。神戸は本当に“杉下と小野田の個人的繋がり”の理由を知らないからだ。神戸は本当に聞きたかった、教えて欲しかった。杉下自身の口から、そのいきさつを話して欲しかった。それが神戸なりの杉下へのけじめ、礼儀だと思っているからだ。

 二人の白刃を交わすようなやりとりが続いている。朝っぱらからなんてギスギスした会話だと神戸はそら恐ろしくなる。この陰にあるのは憎悪だろうかとふと思う。どちらがどちらに抱く憎悪だろう。杉下右京?杉下が小野田官房長を憎んでいる?
  『杉下さんが誰かを憎むって…』
想像つかない。経済新聞を置いてふむ、と唇に指をあてる。伊達の銀縁をブリッジの部分で引き上げて、神戸はふっと思う。“けど、だったら杉下さんのこと、もっと好きになれるんだけどなあ”と。
 人間くさい感情の部分を一切見せない杉下。あなたの故郷はヴァルカン星ですかと時折ツッこみを入れたくなるほどだ。そんな仏の境涯に居るような杉下にとことんまで存在を拒否されるのが辛い。自分が嘘をついているからだとわかってはいても、子供のような己の芯の部分は杉下に寄り添いたかった。矛盾してると気付きつつも神戸は杉下右京という存在に惹かれている。それがわかるからこそ拒否される事が辛くて追いかけてしまう。そう、たった今この瞬間のように、“とんでもない変装”をしてまでも。
  【納付率を上げるための】
  【へえ、凄いもの見つけたね】
焼けたFAデータを差し出したらしい杉下。あれは鑑識の米沢も言っていたが中身は一切見られない。それをわざわざ引き受けてどうするのだろうと思っていたが。
 ふ、と体の右側に影が差した。会話を聞くのに集中していた神戸はん?と顔を上げた。そこに見知った顔を見つけて心底ぎょっとした。
  「ハイ。おはよう神戸さん。」
にっこり笑う美しい女性。あ、と口を開けた耳からすいとイヤホンの片方を取り自分の耳にあてる。あら、と驚いた顔。
  「朝からなにファンキーなカッコしてるのよってツッこんでやろうと思ったら。こういうこと。」
にやりと笑う。桐生院怜。神戸の友人・大河内春樹の“知人”の女子大生だ。
 黒のレザーコートに黒のスラックス、更に黒の薄手のセーターというコーディネートは二十歳の若さではどうかと思う。ただ恐ろしいほどの美貌がそんな喪服のようなファッションも力技で似合うと納得させてしまうので、相変わらず怜の評価は「美しい」だった。ただ今日はブーツだけは濃いブラウンで、わけもなく神戸はその色合いにほっとした。かたりと神戸の右隣の椅子を引き自分も座る怜。いかにも待ち合わせに来た相手のように。さりげなく置いたトールサイズのテイクアウト用カップから苦そうなダークな香りがする。エスプレッソだ。大河内がよく飲んでいるからあまり詳しくない神戸にもそれはわかった。ふーん、と呟いてイヤホンからの会話に聞き入りカップを傾ける怜。一切の詮索をしない学生に神戸は初めて「おかしい」と気付いた。怜自身のおかしさである。
 盗聴とまでは言わないが今神戸がしている事は本来警察官なら決してしない事である。違法捜査の最たるものだ。しかも今の神戸は神戸ではない。変装の域を超えた姿でここに居るからだ。それを確かめもせず怜は話しかけてきた、「神戸さん」と。

    この子は一体何者なんだ?

  「さすが。公安上がりはいい道具使うわね。」
  「なん…」
  「古巣で調達して来たんでしょ?ぜんぜん雑音入らないもの。アキバだとここまでいかないわ。」
ふふ、と笑って自分を見つめる怜。刺すような視線にゾッとした。出会い頭に痛烈に放たれた言葉を思い出す、「公安の犬」。
  「それにしても自分の上司を偵察なんて、いい趣味じゃないわね。」
  「…仕事だ。」
  「そうね。これがあなたの仕事だわ神戸さん。」
まっすぐ見据える瞳。それを逸らさず受け止めるのは二ヶ月前からの神戸にとって酷く辛いことだった。先に怜が逸らしてカップを傾ける。さらさらと揺れる髪が風になびいた。
  【これを年金保険庁が命令した文書とかは?】
その声に怜の体がびく、と震えた。思わず振り向くほどの竦みようだったのに怜はそれをしなかった。一拍置いてからそっと左側を窺い視線だけでそちらを見た。なんだこれ、と神戸が呆れる。これは訓練された者の動きだとわかったからだ。すぐに反応して対象を目視確認しないこと、それは警備部で神戸が最初に受けた訓練だった。それを一介の女子大生がやってのけるってなんなんだよ、と神戸はただ驚いていたのだ。
  【それがないと、これは個人の犯罪にされちゃわない?】
  「なんで…」
  「怜ちゃん?」
  「なんであいつがここに…杉下さんの側にいるのよ…!!」
あからさまな憎悪に神戸の眉がひそむ。え、どういう事?
  【無駄な、労力だったね。】
  「小野田公顕…!!」
どういう事? 神戸は事の成り行きに唖然とした。