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【相棒】(二次小説) 深淵の月・らせん

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  「だからこそ、一見きみが“奴”を滅ぼしたように見えても、いつか彼の中に“奴”が復活しないとは誰にも言えない…。違う?」
  「そうね。あなた達からすればその可能性、全くのゼロとは言えないでしょうね。」
  「ええ。それにもし本当にそうなったら、彼は」
  「男だから。」
二人見つめ合った。それは冷たく、何の温かみも生まない無益とすら言える時間だった。
  「…どうなっちゃうのかしら。この世界。」
  「さあ?私はどのみちこの世から消えた後だから?推測したところでしょうがないわね。」
  「それもそうね。」
知ったこっちゃない。確かにそう言われても仕方ない。クスクス笑い合う姿はとても和やかだったにも関わらず内容は殺伐としていた。
  「だから “あの” おじさんに、間違っても身の危険なんて感じさせない方がいいって言ってるの。」
小野田の瞳が見開く。
  「あら。」
  「おじさんじゃなく“奴が”、そこにつけこまないとは誰にも言えないわ。」
  「ああ…。」
そういうこと。 珍しく腕を組み、小野田が怜を見つめる。
  「私も徹底的に消滅させる手段を使うし、二度とこの世に現出しないようにどんな手でも使うわよ。だけどこの宇宙の終わりまでも、【絶対に】奴が蘇ったりしませんなんて、さすがの私にも言えないもの。
 …いえ、私だけじゃなく、どこの誰にだって言えやしないわそんなこと。」
  「そうだねえ。当たらず触らず。そっとしといた方がいい事もある、ってことかしら。」
くわばらくわばら。茶化す小野田を不思議と憎いとは思わなかった。にこりと微笑んで見つめる怜。
  「…根絶やしにしてしまいたいあなた方の気持ちもわかるけど。もうしばらく待ってくれないかしら。」
  「待つ?」
  「彼らが寿命をまっとうするまで。」
あら。小野田の瞳が楽しげな色を帯びた。
  「それは僕より若い人間に頼まないと無理じゃないかしら。きみのおじいさんと変わらない年齢なんだけどね、僕。」
  「どっちもバリバリの現役じゃないの。ボケない為にきりきり働きなさいよ小野田。」
  「お年寄りは大事にしましょうって習わなかったの怜?」
  「都合のいい時だけ年寄りって言葉に逃げるんじゃないわよクソジジイ。」
あはは。笑い合って見つめた。怜は何もかもを決めていた、この若さにも関わらず。三倍以上の年月を生きてきた自分が後を託されるなんて、皮肉ねえ、と小野田は先を待った。
  「そういうシステムとかルールとか、何でもいいから作って徹底させてくれればいいのよ。私達の事は放っておいて。その為の監視やある程度の自由の拘束は、致し方ないとわかってるから。」
  「なるほどね。飼い殺しの身分に甘んじると?」
  「でないと“奴”が本当に蘇ってしまった時に、対処出来る人間が誰もいなくなるわよ小野田。」
目を瞠った。恩を売っているわけでも何でもないとわかったからだ。なんとまあこの一族は。些か呆れてしまって小野田は怜に問い掛けた。
  「自分達がなんとかしようって言うの?桐生院の人間の手で、自分達の命も顧みず?迫害してきた“普通の人間たち”を守ろうっていうの?」
  「別に正義の味方気取るわけでも悲壮な殉教者ぶりたいわけでもないわ。顔も知らない不特定多数を守ろうなんて暑苦しい熱血根性も持ち合わせちゃいないわよ。」
  「じゃあどうしてかしら。お人好しだから?」
  「後味悪いからよ。」
  「あら。」
単純だね。
 思わず洩れた呟きに怜が苦笑する。
  「あんたが杉下さんにしてきた事と同じなんじゃないかしら。すっごく不本意だけど。」
  「…。」
それを言いますか。 小野田はくすりと笑った。
  「…わかりました。僕自らの手で文書化して、合同情報会議に提出しましょう。」
  「よろしく。すぐに頼むわ、いつ仕掛ける事になるかわからないから。既にハコとレールは出来上がってるって方がこっちも安心だわ。」
にこりと笑う怜。憎くてたまらないだろう相手に家族の命を委ねるその姿は既に見知った少女ではなく桐生院家当主だった。何のわだかまりもなく立ち去る小野田は警察機構を背負って立つ陰の実力者だった。



  「……つ… 」
 樹に凭れ怜は左の脇腹を押さえた。痛みが限界にきていた。これじゃ実際に大量出血してても納得するな、と思ったが幸か不幸かその事実は無かった。引き摺るように体を動かし洒落た形のベンチに倒れ込む。まずい、と思うのだが体を折って俯いたまま顔を上げられない。なんとかして「接続」を切らなければマジで倒れる、と焦っているのだが痛みがきつすぎて上手くいかない。どうしたもんかな、と途方に暮れたらばさばさと羽音がした。
  〈おぅ。いってぇ何人バラしちまったんでぇ、怜。〉
  「…柘榴。」
いきなりご挨拶ね、と言いたかったが脂汗が滲むだけで言葉にならない。背もたれに留まった不可思議なカラスは漆黒の体を傾け怜の様子を窺った。
  〈どうした、どっか怪我でもしたのかい?〉
  「うーん…過去の杉下さんがね。」
  〈なんでぇそりゃ?〉
が、それで柘榴にはわかってしまったらしい。はーん、と首をかくりと傾け次にふいっと上げた。
  「…あ。」
  〈しんくろってやつだな。重ねちまった相手ってのぁおめえさんにとってよっぽど大事な人間らしいな、怜。〉
  「…。」
そうなのかな、と怜は微笑む。小野田に対する憎しみが強いからとも言えるだろうが、杉下が被弾したあの瞬間を「見た」時無意識に助けたいと強く思ったのは確かだ。
  〈それにしてもいってぇ誰と会ってたんだ?とんでもねえ殺気飛ばしやがって。〉
  「え。そんなに?ってあなた、どうしてここに…まさかその殺気で?どこから飛んで来たのよ柘榴。」
  〈恵比寿。〉
  「うそ…。」
ここは殆ど日比谷である。髪をかき上げ怜は呆然と彼方を見つめた。どうやら楽しい時間ではなかったらしいなと柘榴は翼をちくちくとつっついた。
  「…まあいいわ。ありがと柘榴。助かったわ。」
  〈礼なら豪華な晩飯でいいぜ。トリ肉以外にしてくんな。〉
  「わかった。」
笑って立ち上がる怜。だが背中から漂う気はかなり沈んでいてとてもじゃないが日常生活に戻る事なぞ出来そうもなかった。ああ、しょうがねぇ、と烏はばさりと羽ばたき静かに怜の肩に留まった。
  〈おい怜。どっか遠出しねえかい。〉
  「えっ?」
  〈海でもいいし、山でもいいぜ。どっか気持ちの晴れるとこに行こうじゃねえか。〉
  「え…どうやって?」
  〈おめぇさんを最初に引っ張り出したあの方法でさ。〉
あ、と怜の瞳が見開く。
  「…いいの?」
  〈べっぴんにゃ優しくする主義なんでね。〉
  「しょってる。」
くすくす笑う怜。そして午後の講義まで、怜は不可思議な烏と不可思議な空の旅を満喫する事になった。