【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形2
「とりあえず、暴れたらこっちゃの仕事にジャマやから、足全部もいだったらええんちゃうか怜?」
仁が戦略的に尤もだけれども医者にあるまじき案を提示する。ことバケモノに関する限り怜も仁も情け容赦は無い。
「やっぱそれやなあ。ほな」
と、怜が腕を伸ばした瞬間
「!」
厭らしい蜘蛛は口から一気に白い糸を吐いた。最低限の動きでかわして後方に跳んだ怜、それを追いかけて更に糸が飛ぶ。それをちゃんと見越していた怜がタンと地面を蹴って逆に前方へ回転して着地、更に今度はもっと強く踏み切って上空へと飛んだ。
《ギ!》
錆びた歯車のような声、蜘蛛の大きな体が仰け反り怜を見上げた。天井近くまで跳んだ怜は落下と共にその拳を蜘蛛の背面へと突き出した。凄まじい音をたてて装甲とも言える蜘蛛の体が割れた。
“バキャッ!!”
くる、とすかさず後方回転、側面に降り立った怜は見えぬほどの素早さで右足の蹴りを繰り出した。蜘蛛の硬い足が一本吹っ飛んだ。
“ズン!”
重量級の足がシールドに跳ね返され地面に叩きつけられる。ばしゃっと後方で水音がした、太刀筋のように鋭い蹴りでもぎ取られた足の付け根から蜘蛛の体液が噴き出しているのだ。
《ギイィィィ!!》
七本になった足で蜘蛛がのたうつ、振り返って怜は仕事に戻った仁が神戸の前のシールドを殆ど割ってしまっているのを確認した。
「あと全部もいだってもええねんけど」
すいと左の耳に髪をひっかける。一つだけのイヤリングがきらりと光った。
「もーとにかくめんどくさいしジャマやから」
にやりと凶悪なほど美しく笑って怜は両の掌に炎の華を咲かせた。
「一発トドメいっとこか。」
ぼうっ!
燃える炎は地獄の産物、蜘蛛が怯んだのを見逃さず怜は水平に腕を掲げそれ全部を燃やした。怜の腕をよりどころにしながら決して彼女自身を燃やさないそれを吹き上げさせ、天井までなめるほどの業火へと進化させた。がさがさと後退する蜘蛛を逃さず拳ごと炎を叩き込もうとした時
「 。」
怜の拳を止めたものがあった。松宮の腕だ。
「ふうん?」
にやりと揶揄するように笑い怜が更に力を込めて前へと拳を押し出す。松宮の腕が燃え始めた。眼球は黒く一目で人形だとわかる、しかし。
“ざあぁっ!”
地面から一斉に人間が湧いて出た。松宮遙たちである。
「あらまあ。」
仁がスッとぼけた返しで笑う。その瞬間神戸の目の前のシールドが完全に割れた。ビキッ!という鈍い音を立てて粉々になったその狭間から神戸がゆらりと倒れ込んでくる、仁はしっかりとそれを受け止めて心底からの安堵のため息を洩らした。ああ良かったカンちゃん、全然大丈夫や。
「柘榴、カンちゃん頼むで!」
〈がってんでさ。〉
空間ごしに届くカラスの頼もしい声に仁が神戸を委ねる。ブン、と揺れる音がして神戸の周りを何かが取り巻いた。柘榴特製のシールドである。
「いやホンマ不思議なシールドやわこれ。」
状況も忘れ仁が束の間見惚れる。真言系でもなく陰陽五行系でもなく自然霊系のそれは怜も仁も見た事が無かった。レース編みの様に繊細で、そのくせ異常なほど頑健なのだ。攻撃(アタック)を跳ね返すわけでもなく散らすでもなくそのエネルギー全部を綺麗に吸収してしまうのだった。それを自らの維持に使えるという実にエネルギー効率の良いシールドだった。この中に居れば神戸は安心である、例えあの蜘蛛の巨体が乗ったとしてもリニア理論の実践のように蜘蛛を神戸の上に浮かべてしまうだろう。仁はその蜘蛛の向こうにいるキョウコを見た。正にその蜘蛛の巨体が邪魔をしてキョウコの前のシールドに近づけない。仁はかりかりと頭をかいてしばし策を練った、ホンマにジャマやなあアイツ、とうんざりしながら。
仁が神戸を救出している間に、地中から湧いて出た松宮たちは一斉に怜とその拳を受け止めた一体の周囲を取り囲んだ。怜の動体視力が一瞬でその数を七つと識別した。その七つ人形がざあっと各々攻撃を仕掛けてきた。突きを蹴りを繰り出してきたその松宮たちを怜はひょいひょいと難なく躱し、そして躱すだけではなく軽く一発当てていった。しかも何の遠慮もなく主に顔の中心に。鼻を潰し横っ面を張り時には開けた口の中に炎の燃える拳をめりこませて。顎にキマるアッパーは加減をせず容赦なく地面というマウンドにダウンを決めた。七体全部を叩きのめしてぴしりと姿勢良く立った怜は呻き声を上げる松宮たちを一瞥しすっと印を結んだ。
「カン!!」
その怜の渇と同時に人形たちが火を噴いた。
【ごうっ!!】
怜が拳をヒットさせた部分から一気に炎が火柱となり燃え上がった。一瞬で消し炭となった人形たちの背後にゆらりと揺れる影があった。
「…あなた、本当に嫌な女ね。」
暗闇から沁み出してきた姿。本物の松宮遙だった。
「アンタに言われたないゆうてるやろ。」
ぽう、と両手に炎を灯し怜が侮蔑を込めて言い放つ。
「それともここの人達みたいに、気に入らん女は片っ端からおにんぎょさんにしてきたんか?」
そう告げた途端に頭上を何かが吹っ飛んで行った。怜の黒髪をはためかせ真っ黒の影がその背後に消えた時、凄まじい地響きがして地面が揺れた。ずううんと空気が振動し松宮の瞳が見開く。犠牲者たちが立っていない土の壁部分に体半分叩きつけられたのは土蜘蛛の巨大な体だった。腹を出して仰向けにのたうつ足は空を掴み、年経たあやかしの蜘蛛は何も出来ずただそこに転がっていた。
「な」
言葉もなく鋭くふり向いた松宮が見たのは投げを打った姿勢から起きる仁だった。
「ジャマやねん。」
ぎろりと松宮を見据えガンを飛ばす。心底怒り狂っている仁を見る事は非常に珍しいのだがさしもの仁の抑制もそろそろ限界だった。犠牲者たちの体に害が及ばないようあらゆる策を練ってはいたのだがしまいにプツンとキレたらしい、その所業そのものの理不尽と無残さに。怜の背後の土壁には犠牲者が立っていないのを幸い、当事者たる鈍重な躯体を怒りのままブン投げたのだった、“いてまえ!”と。怜はにこりと笑い心優しい相棒に声をかけた。
「仁、キョウコさん頼むで。」
「おう、任しとき。」
頼もしく右手を上げて姫姿のキョウコの前に立つ。びき、と音がする。それは松宮遙には理解出来ない到底受け入れられない、破滅に続く音だった。
「…うあああああああ!!!」
唐突に叫び松宮が怜に突進してきた。すいと躱した怜はやり過ごして追い越した松宮の背中を思い切り蹴りつけた。反り返り吹っ飛んだ体が蜘蛛に激突し口から鮮血が飛ぶ。歯が折れたらしい。が、そこで怜は容赦なくその髪をひっ掴み引き摺り上げるとこちらを向かせておもいきりテンプルにぶち込んだ。
「ぶふっ!」
右に吹っ飛んだ松宮が頬を押さえぎりりと怜を見据える、そしてヒステリーの発作でも起こしたように金切り声でまくし立てた。
「かっ、顔を殴ったわね!!」
「殴ったらどないやねん。」
即座に切り返す怜。美貌の顔が凄絶な殺気を放っていて松宮は生まれて初めて本能のレベルで恐怖した。
作品名:【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形2 作家名:イディ