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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形2

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  「ああ?カオ殴ったらなんやねん言うてんねや。」
  「“父さんにもぶたれたことないのにっ!”てかあ?」
からからと仁が笑ってまぜ返す。某有名アニメの迷台詞である。シールドに先刻以上の力を放ちみるみる割り進める仁はその松宮の言葉で確信した。
  「アンタほんまにケンカした事ないねんな松宮。つか殺し合い。」
  「コイツにそんな根性あるわけないやん仁。」
  「そやなあ、他人様の命奪うにもバケモンの力借りんと出来ひんような奴っちゃからなあ。」
  「わ…私を馬鹿にするな」
  「バカをバカにして何が悪いねんボケ。」
その怜の心底からの侮蔑に松宮がキレた。
  「私を見下すなあぁ!!」
ざああっと松宮の体から何かが噴き上がった。それは背後の蜘蛛までも巻き込んで風となり質量を変換させた。一気に周囲が冷却され温度が下がる、咄嗟に神戸を一瞥した怜は柘榴のシールドが実に効率良くその肢体を護っているのを確認した。その背後で鋭い音がした、“ビキッ!”という炸裂したような音にキョウコのシールドが割れたのかと思ったが逆だった。なんと殆ど割れていたシールドが再び強固に張られていたのだ、しかも直前までのものとは比べ物にならないほど強く。
  「うおっ!?」
さすがに仁が慌てて両手を離す。振り向いた仁は怜と共に蜘蛛の体が変化したのを見た。鈍重だった体はしなやかで細く小さくなり、重量級だった足も木の枝のように細くそれだけで切れそうなほど鋭くなっていた。そして漆黒だった色がどぎつく毒々しい色合いに変わっていた。黄色や赤が所々散りばめられたそれは二人がよく知る蜘蛛の形だった。女郎蜘蛛。眉を顰め見つめる二人の目は一点に注がれていた、蜘蛛のボディの部分にヒトが貼り付いていたからだ。白く黄金率を誇るような見事な裸体を蜘蛛の背に乗せた、松宮遙だった。四つんばいで犬が牙を剥くように怜と仁をねめつけている。
  《許さないわよあなた達》
割れたような音がした。ボイスチェンジャーを通したような奇妙な声。一旦蜘蛛の体を通して発せられるからかもしれない、聞き取りにくい音だった。
  「とうとうバケモンと同化かいな。」
 仁が怜に並んで言った。
  「恥知らずやなあ松宮。」
怜が侮蔑を通り越した感心の体で呟く。その口調にかつて松宮だったモノが顔を歪めた、怒りと憎しみの形相である。もう松宮に言葉は無かった、ただ眼前の二人を仕留める事のみが全てだった。土壁に貼り付いていた蜘蛛を操りその鋭く巨大な足を繰り出してきた。
  「怜、とっととコイツいてもうたらんと、キョウコさんあぶないで!」
  「わかってる!」
しかし今度の女郎蜘蛛は素早かった。巨大さはそのままに余分なボディを削ぎ落としたフォルムは怜と仁をもってしてもよけるだけで精一杯だった。自然界に於いても女郎蜘蛛は美しいと二人は思っていた、その美しさはそのまま凶暴さだけが増したように何の遠慮も隙もなく襲いかかって来るこの蜘蛛。松宮遙の本性そのままなのか元々バケモノだからか。身軽に無駄のないギリギリの距離で攻撃をよける二人、しかし策は無かった。
 やがて新たな体に蜘蛛そのものが慣れてきた。足の操り方が俊敏に多様になってきたのだ。敏感にそれを察していたのは怜と仁だけではなかった、松宮本人もである。右の四本で仁を攻撃し左の二本で怜を攻撃、残りの二本で向きを変え口からは鋭さの増した糸を吐く。オイオイ、と二人揃ってツッこんだ、なかなかやるやんけ。仁は繋がっている者同士の通信で怜に聞いてみた。
  『お前のおっちゃんやったらどないする?この蜘蛛。』
  『一発シバいてしまいや。』
確かに。 天下茶屋の怜のおじなら平手の一発で沈黙させてしまうだろう、恐ろしいことに。しかし自分達にそこまでの力はない、早くしないとキョウコの力が尽きる。ならば。
  「!!」
一瞬の不覚。怜の右手が蜘蛛の糸に捕らわれた。反射でぐっと引いて左で叩っ切ろうとしたその左手にまで糸が素早く巻きついた。
  「怜!」
  「く」
一気に体が持ち上げられた。空中で磔状態にされた怜の両足首までもすぐさま糸で縛られる。次の瞬間松宮が自らの口をかっと開き大量の黒い糸を吐いた。それは一直線に怜の細い首を目指し締め上げるように絡みついた、まるで女の髪の毛のように。
  「うぐ」
ぎりぎり締め付けられる体にさしもの怜も表情を歪めた。四肢よりも松宮の黒い糸が酸素を断ってしまい急速に力が抜けてしまったらしい、仁が軸足で体の向きを変え思わず怒鳴った。
  「おい怜!なにしとんねん!」
  《く、く、まだよ》
松宮の割れた声が響いた途端、白と黒の糸全部に電撃が走った。

  「きゃあああ!!」

正確には電撃ではなかった、蜘蛛の妖力を糸を伝って爆炸させているのだ。自然界における電気ならここまでの出力ならば眩いまでの閃光を伴うだろう、しかしこの闇い部屋の中に於いてもこの“電撃”は爆薬ほどの明度も無かった。逆に光を奪うような煌きだった、その輝きは蜘蛛のものでも松宮のものでもない、まったき怜の命の光だった。
  「あ、が」
  「あーダッサ、怜、おまえこの程度のバケモンにとっつかまってもうたら東京の街なんか歩かれへんでー。」
  「う、るさ…うあああ!」
  《ふふふ、お仲間の言う通りね》
  「おい松宮、松宮!」
突然声をかけられて憮然と蜘蛛の上の松宮が仁を見やる。四つんばいから起き上がり横を向いた。白い乳房が露わになっていたが不思議と性的なニュアンスの窺えない膨らみだった。話しかけてきた当の仁は完全に戦闘態勢を解いてしまっていた。ますます胡散臭そうに睨みつけてくる松宮に、仁は頭をがりがりと掻いてうんざり顔で告げた。
  「松宮、取引や。」
松宮だけでない、苦痛を堪えている怜の瞳までも見開いた。
  「俺はなあ、カンちゃんとキョウコさんさえ助けられたらええねん。他の“おにんぎょさん達”のカラダもどーでもええねん。」
  《あら》
  「どうせ死んでもぅてるしな。」
ニヤリと笑う仁。実に極悪、というより時代劇の悪代官とつるむ越後屋の顔だった。
  「仁…ちょっと…!それ、は、クルマの中、で、ちゃんと…!」
げほっ、と怜が咳き込む。黒い糸のせいで上手く喋れない。その空中の怜にひらひらと手を振って仁は更に言い募る。
  「全員なんとか助けたい言うてたんはコイツだけや。せやから俺も今まで気ィつこてたんやけど、もうええわ。」
  「いい、って、なに…!」
  《…あなた、何が言いたいの》
  「取引言うたやろ。」
そこで仁は笑った。今度は凶悪な顔だった、心底。くいと親指で磔の怜を指し、
  「俺とカンちゃんとキョウコさんを無条件で自由にしてくれたら、この怜をアンタにくれてやるいうこっちゃ。」
  「仁!あんた…!」
松宮の暗黒の瞳が見開いた。
  《仲間を売ると言いたいの?》
  「仲間て。」
ケ、と鼻で笑う。斜に構えて忌々しげに怜を見上げた。