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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形2

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  「もー心底ウンザリしててん。お人好しの正義感だけで突っ走りよってええように振り回されるわせんでもええ苦労自分からしょいこむわ、俺まで一緒に引きずり込まれんねんから迷惑やっちゅーてんのにいっちょん言う事聞かへんしなー。」
  《あらあら》
楽しそうに松宮が笑った。下卑た笑い顔だったが仁までも楽しそうだった。
  「ここの人形さん達見てたらすぐわかんで。あんた、この怜のカオ、むっちゃ好みやろ?」
その言葉に怜の表情が嫌悪に歪む。やめてよ、と唇だけが動いたのを目の端で捉え松宮がじいと仁を見つめる。
  「せやからここの人達みたいに人形にしてまうんもええし、そのまんまいたぶり倒してその蜘蛛のエサにしてまうんもええし。好きにしたらええ。」
  《…そこのおまわりさんとキョウコさん以上に、価値のある人なのかしら》
  「コイツはちーと特殊な生まれやねん。霊力はごっついあるよって、それ全部喰らったらかなりベースの妖力上がるんちゃうのん?」
  《それは試してみてもいいかもね》
  「ほな、取引成立やな。」
そう言うとまた凶悪な笑いを浮かべ仁はキョウコのシールドへと向かった。ぎりぎり締め上げられながらも怜は悪態をついた、必死に。
  「こ、の、仁…!あんた、恥を、知りなさい…!!」
  「あーナンでもゆうたらよろしがな、戦闘ちうのんは生きて帰ってナンボやで。」
  《ちがいないわね》
  「うあああああ!!!」
怜の絶叫とばちばちと火花が爆ぜるような音を尻目に仁は悠々とシールドへ手を伸ばした。刹那、仁には背を向けていた松宮がほくそ笑んだがそれにあっさりハマるほど仁も馬鹿ではなかった。
  「あーアカン、松宮、アンタこれ強化しよったやろ?材質はともかくとっとと表面の次元誘導外したってんかー。」
  《あらざんねん。気付いてたのね》
松宮の返答と共に“ひゅん”という風を切るような音がした。一瞬シールド全体が煌いて表面の色が変わった。迂闊に仁が手を出していれば今頃あの蜘蛛の穴と同じくどことも知れない“どこか”へ飛ばされていただろう。
  「なんや、サービスで材質も元に戻したろいうんはナシかいな。」
  《そこまでの代金じゃないでしょ、これ》
  「て、め、ブッ殺す…!!」
ぜいぜいと息を継ぎながら怜が松宮を睨みつける。
  《聞いた?随分優しいおともだちじゃない。所詮こんなものね。友だの仲間だの、反吐が出るわ》
心底からの嫌悪だった。背にその言葉を受けてふうん?と仁がなにやら“聞き耳を立てた”。しかしそれには気付かずフフンと優勢を誇示しながら松宮が怜に巻きついている白い糸の量を増やした。両手首両足の糸が更にぐるぐる巻きに絡み、それ以外の腰や胸、ふくらはぎにも絡みついてきた。怜が浮かべる嫌悪の表情が楽しくてならないらしく、松宮はしばし新しい桐生院怜というおもちゃに夢中になった、状況を忘れて。
 その間に仁は密かに呼び出していた、“彼女”を。頼む、俺の力行き過ぎんように制御(セーブ)したってんか。その言葉に応える声が頭の中に響く、いつものように。
  <イエス、マスター。>
 その瞬間、仁がシールドに差し出した両腕に重なるようにほっそりとした両手が出現した。

    【 ぼんっ! 】

 一瞬ののち破裂音。ぎょっとして竦んだ松宮の裸体が鋭く振り返った時信じられないものを見た。たった一瞬でキョウコの前のシールドが割れている。いや、割れたというより消失していた、まるでガラスカッターで綺麗に円形にくり抜いた窓のように。熟練の窃盗犯が現場で残して行くような見事な円だった。その円の中にキョウコの顔が在った、まだ体全てを持ち出すにはとても足らない面積ではあったがそれでも確実に生身の体が覗いていた。呆気に取られた松宮をよそに仁の両手がすいとずれる。その手に合わせて二本の細い腕が同じようにずれた。仁の体のどこかとも知れない所から現出している幻のような、けれどしっかりとその存在を誇示するほっそりとした綺麗な腕。左手の中指にリングが嵌り、そこからワインレッドの布地が延びているのがちらりと見えた。
  《…!!》
思わず瞬きしたがそれどころではない、元より仁を逃すつもりなどさらさら無いのだから。どうせ強化したシールドは簡単には割れない、だからこそ先に怜を始末してその後仁を仕留めるつもりだった。それなのに。
  《あなた、何をしたの!》
  「なにて。アンタとの契約通りキョウコさん助けてんねん。」
  《させないわ!》
怜への糸をそのままに女郎蜘蛛が体を四十五度半転させた。これで右足四本が仁に届く。びゅっと疾風のように黄色と赤が明滅し俊敏な足が仁を襲った。怜の片目がそれを捉えていた、そしてにやりと笑った。奥多摩の山で鬼喰いのバケモノ・ショウキを実体化させた時のように。

    【 きいん 】

 閃光が散った。一番早く仁の体に到達しそうだった蜘蛛の上から三本目の足の先が、ぼとりと音をたてて地面に落ちた。ただ切れたわけではない、溶けていた。灼熱の業火で一瞬で炙られたかのように白い煙まで上がっている。どろりと体液までも滴らせながらそれでも蜘蛛の動きそのものが止まった。

  《な》

松宮遙はそこに有り得ないものを見た。仁の背中から何かが突出していた。肩甲骨の辺りに空間の歪みが見える、そしてそこから杖のようなものが飛び出ているのだった。銀色のセラミックのような材質で先端がぐるりと丸く加工されており、その真ん中にある蒼い宝石(いし)を台座のようにぐるりと取り囲み支えている。一見すると仁の背中から生えているかのように見えるがそれは正しくないとすぐにわかる。杖を掲げ持つ浅黒い手が見えているからだ。仁が相変わらず松宮に背を向けたままのんびりと言い放った。
  「あーあ、アカンなあ松宮、約束はちゃんと守らなアカンて学校で習わんかったんか?」
ずず。杖がそれを持つ腕が上に伸び上がってくる。仁の両手とそれに寄り添う細い二本の腕、ぼうんと破裂する音、一瞬で消えるシールドという物質構造。
  《な、な、なに》
  「ウソつく子は閻魔様に舌抜かれんねんで、ごっついおっかないやんか。」
  <マスター、ご命令を。>
ずず。いまや頭部の殆どが出てきた。さらりとした褐色の髪、被った三角錐の帽子、静かに輝くサファイヤの瞳。