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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形4

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  「お。怜。」
 仁がまた楽しげな声を上げた。ふ、と顔を上げた怜は遠くに響くけたたましいサイレンの音を聞いた。しかも複数。警察と救急の両方だった。おんやあ、と柘榴が呑気に翼を広げ体を膨らませる。
  〈押っ取り刀でやすねえ。〉
  「ほんまやなあ、都内からスッ飛んできてんのに。ごっつい早いでぇ?」
  「ああ。よかった。憲兄、折れてくれたんや。」
  「うわほんまや。すごいフォーショットやなあ。」
気配から辿って“車内が見えた”二人、顔を見合わせぷっと吹き出した。クスクス笑いながら怜が仁が膝の上に横たえられた神戸を見下ろす。
  「「カンちゃん。」」
にっこり笑ってハモって言った。
  「「特効薬やで。」」
その次の瞬間、簡易赤色燈を乗せた公用車が離れた場所に“キッ!”と停まった。ブレーキ音を軋ませる間に助手席から伊丹が駆け出す。しかしそれよりも早く後部座席から飛び出していた小柄な影。

  「神戸君!!」

特命係、神戸尊のただ一人の上司。杉下右京であった。伊丹を追い越し全速で走っている。

  「「杉下さん。」」
 怜と仁二人揃って笑顔を向けた。蒼白と言える顔で駆け寄りすぐさま怜が抱える神戸の側に屈んだ杉下は、手を神戸の唇の辺りにかざし力無く垂れた左手の脈を取った。
  「神戸君…!桐生院さん、彼は無事なのですか?」
  「はい。大丈夫です。ちゃんと今しがたまで話もしてましたし、今は疲れてカンちゃん眠ってるだけですから。」
にっこり笑って杉下を安心させる怜。その言葉にほ、と一瞬安堵した杉下は後ろにいる仁も見やった。その膝に抱かれている姫装束の女性にちょっと目を瞠ったが仁の医者としての意見も聞いて今度こそ本当に安堵した。そこに伊丹と三浦と芹沢も駆け寄って来た。相変わらず伊丹は般若顔で怒っていた、まあ無理もないが。しかしその般若が今は深い心配の色も湛えている。
  「おい怜!仁!おまえら大丈夫だったのか?あの地震…!!」
  「「うん、ありがとお。ぜんぜん大丈夫やで。」」
二人ハモってにっこり笑った。そのいつものままの様子にこちらも安堵したようだったが、三人は逆に崩れた家を見上げ絶句した。
  「うわ…!」
  「おい、なんだこりゃあ…。」
  「ってセンパイ、あそこ!でっかい穴あいてますよ!」
  「あ、イタミン、現場保存してや。あの穴ン中に他の犠牲者の皆さんいてはるから。」
  「「「はああああっ!?!?」」」
一斉に絶叫した傍らを白衣の救急隊員が駆け抜けた。一気に“犯罪現場”になったそこは途端に慌しくなったのだった。




  「そちらの男性はまだ症状は軽いです。ただ極度の疲労で体力の消耗が著しい。点滴しながら運んで下さい。こちらの女性は深刻です、バイタル確認してもらわんとなんとも…」
  「わかりました、自発呼吸はしていますね?」
  「それは大丈夫ですがいつ心肺停止になってもおかしくないと思います、一刻もはよう運ばな危ない思いますわ。」
  「わかりました!おい、ストレッチャー!」
 ガラガラと派手な音をたてて二台の救急車からストレッチャーが引き出されてくる。てきぱきと指示する嵯峨崎仁はやはり頼もしく、救急隊員も医学生と聞いてその診断に即座に対応してくれた。
  「おい仁!あの穴の中には生存者は…」
伊丹が声をかける。一瞬足を止めた仁はまっすぐ伊丹を見据えた。
  「…いてへんよイタミン。おってくれたらよかってんけどな。」
  「…そうか。」
わかった、と右手を上げた。三浦が公用車の無線で鑑識と地元署に連絡をつけている。芹沢がまっさおな顔で穴の縁に立っていた。が、いつもなら真っ先に現場に踏み込む杉下右京、今は神戸の傍からぴくりとも動かなかった。
  「…で、俺がこの女性についてた方がええと思うんです。」
  「そうですね、医療従事者がついていてくれた方がこちらも安心です。」
  「てわけで、杉下さん!」
  「はい?」
  「俺がこの女の人に付いてますよって、カンちゃんの方の救急車、杉下さんが乗ってくれませんか?」
  「もちろんです。」
その言葉に仁も怜もにこりと微笑む。“こらキョウコさんはともかく、カンちゃんの方はとっとと退院やなあ”、と二人揃って思った。
 神戸のストレッチャーに寄り添い共に救急車に乗り込んだ杉下。彼は現場どころか他の何も見えていなかった。ただ神戸だけを。亀山の次、稀有な繋がりをまた新たに得られた“相棒”、神戸尊だけを見ていた。それを離れた場所から見つめて桐生院怜は思う。しあわせもんやなあカンちゃん、と。
  「怜!ほなイタミン達に状況説明頼むわ!俺はこのまま病院についてるよって、後から追いかけてきてんかー!」
  「わかった!車はもしかしたらここに置いてくで!」
  「おう!」
仁が手を上げた時救急車の後部扉が閉まった。バタンとふたつの音を響かせてサイレンの音も頼もしく山道を往く。ふ、とひとつ息を吐いて怜は潰れた家に向き直った。未だ座り込んだまま身じろぎもしない松宮遙の脇に、芹沢が怒りを通り越した無表情で立った。容疑者を確保する為のものだったがしかし温厚な彼をして殴りたいのを必死に我慢しているのだと、怜には容易にそれがわかった。ゆっくりとその側を通り過ぎ穴へと歩み寄る。
  「…憲兄。」
  「…。」
三浦と、そして伊丹が穴の縁に佇んでいた。茫洋と、しかし拳を震わせて、彼らはただそこに立っていた。風が吹き抜ける。伊丹の髪を微かに跳ね上げて、そしてぽつりと伊丹が呟いた。
  「ほんとに死んでんのか。」
  「なんで?憲兄。」
  「死臭がしねぇ。」
怜の瞳が見開く。ああ、と初めて思い当たった、遺体の腐敗に伴うものである死臭はこの死者達には当てはまらないのだ。何故なら彼らの体は決して腐らないからだ。
 彼らは科学的な防腐処理とは全く違う超自然的な手段で土に還る権利を奪われた。それはあの土蜘蛛が永遠にその魂を飴玉のように味わう為でもあったし松宮遙が生きた人形として愉しみ愛でる為でもあった。双方の利害が一致した上でのおぞましい結果が彼ら“腐らない遺体”であった。時間そのものまで止まったかのようなその体は燃やす事でしかこの世から訣別出来ないのだ。三人が見下ろすその先に累々と横たわる死体。あの異空間とは違って風が怜と彼らの体を撫でてゆく。右に、左に伊丹と怜の黒髪をかき上げ、柔らかく頬や額へと落としてゆく。見つめていれば欠伸でもしながら起き出しそうな彼ら。“死体”という言葉がこれほど当てはまらない死者達は他にいないだろう。彼らは未だ瑞々しい肌を保ち本当にただ眠っているかのようにしか見えないのだ。しかし長く捜査一課に在籍していた手練の二人には例え死臭が無くともわかっているのだろう、ここには死しかないのだと。自然の摂理と法則さえも捻じ曲げた、歪んだ死だけが在るのだと。やがて伊丹が遺体を見つめる顔はそのままぽつりと言った。
  「…怜。」
  「…ん。」
  「何があった。」
  「うん…。」
ゆっくりと話し始めた。もちろんあの異空間での戦闘や土蜘蛛などは全て省いて。先刻仁と柘榴とででっちあげた“状況説明”だった。