【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形4
ここに着いた時に松宮が家の中で倒れていたのだと怜は説明した。開け放たれていた玄関からそれを認めた仁が外に引っ張り出し診察する間、怜が家中を片っ端から捜索してついに地下で神戸と、この人形のような遺体たちを見つけたのだと。あまりの数に怜は仁と交代し、神戸を含めた被害者の生存を確認してもらった。しかし神戸とあの姫装束の女性以外はもう既に息がなかったのだと。
その間、松宮は時折意識を取り戻し、あれは自分のやった事だと自白した。共犯はおらず、全て自分一人でやったと。仁が神戸と女性を連れ出した直後にあの地震に襲われ、あとはもうさしもの二人でも為す術が無く、地下室を巻き込んで崩れる家をただ呆然と眺めるしか出来なかったのだと。
「…そうか。」
伊丹がぽつりと呟き、離れた場所でただ座り込む松宮遥を見やった。
「怜、仁はなんて言ってた。あの松宮の様子、普通じゃねえだろう。最初に意識が無かったんなら病気って事か?」
「ううん、多分ちゃうやろって仁は言うてた。仁にもなんや…よう、わからんかったみたいや。たぶん精神的なもんやろって。」
「心神耗弱を狙ってんじゃねえだろうな。」
その瞬間、ぎらりと伊丹の瞳が底光りした。これが捜一のエースたる所以やなと怜は改めて見惚れる。
「それはないやろ。うちらちゃんと聞いたもん。松宮の口から。」
「なにを。」
「理由。」
「なんの。」
「殺し。」
伊丹と三浦、二人の瞳が見開いた。
「あれはわたしのもんやってゆうてた。わたしのおにんぎょうやって。」
「「 …なに… ?」」
そしてその瞳が揃って嫌悪の色を浮かべた。その健全な反応に怜は心底安堵した。だからさらっと言えた。けったくそ悪くて言うだけで吐きそうな、その理由を。
「このお人らを自分のお人形にする為に攫って、殺して腐らんようにして飾ってたんやって。アイツはっきりゆうたんや憲兄。」
「「……。」」
飾っていた、その台詞に二人が顔を歪めた。怒りとも嫌悪ともそれら負の感情を全部いっしょくたにしたような、まったき正義の感情の発露、まっとうな人間のまっとうな感性の顕れであった。ああ、と怜はほっとした、この穢れた松宮遙の身勝手な自我だけが溢れた空間にあって、芹沢を含めたこの三人の反応がどれほど怜を救ってくれるのか。それを肌で実感出来たのだった。
「精神鑑定も入るんかもしれんけど…言い逃れはでけんやろ。つかする気ないみたいやったで。」
その怜の言葉に伊丹と三浦は顔を見合わせた。一種途方に暮れたような表情だった、それはそれでどうなんだとでも言いたげな。クス、と苦笑して怜が袋を差し出した。
「憲兄。これ仁が目ざとく見つけて持って出た、松宮の戦利品や。」
「なに!?」
慌てて白手袋を嵌め伊丹が受け取る。三浦が老眼鏡を直して一緒に覗き込んだ。
「うお!免許証まであるのか!こいつは身元照会早く出来るぞ。」
「全国の行方不明者リストと捜索願を当たろう。伊丹、後は鑑識に任せるか。」
「そうだな。遺体があれほど完全な状態だし、サイアク顔写真公開って事になっても身元はすぐに割れるな。」
にやりと凶悪ヅラで笑ったが、それは事件が上手く解決の道に乗った時に伊丹が見せる最高に幸先のいい笑顔だった。怜も嬉しくなったがひとつ付け加えておかなければ。
「あ。あの…あとな。」
「「ん?」」
揃って顔を向けた二人。怜は松宮にかける最後の思いやりを口にした。
「あんな、仁が診察した時に気づいてんけどな。松宮って…」
続いた怜の言葉に先刻までとは全く違う驚きを浮かべる二人。え、え、と軽くパニックになったのは意外にも伊丹の方だった。今は少し長めになってしまった髪をかき上げ怜を見つめる。
「そ、そんな事あるのか怜。じゃああいつ…!」
「うん…“どっち”に振り分けられるんか仁にもわからんかってんけど…。けど、松宮な、ちっこい頃は自分のこと女の子と思うててんて。」
「…。」
「せやから凶悪犯の松宮に男の警察官がはりつくんは当然なんやけど、でもそれでも必ず一人は、松宮のそばに婦人警官をつけるようにしたってんか…?」
「怜ちゃん…。」
「それが動機って事か?」
見上げた。伊丹の厳しい瞳が怜を見据えていた。まるで怜自身を断罪するかのように。
「…動機のひとつではあると、うちらは思う。」
「…。」
思春期に壊れた松宮の心。そして今またいびつに再生された心を自らの理解で打ち砕いた松宮。その小さく縮こまった姿を眺めて伊丹は長い息を吐き出した。
「わかった。」
何かを決意したような表情。三浦を促し芹沢の元に向かう伊丹。そのすらりと凛とした後姿を見送り怜は一歩穴の縁へと近付いた。そしてそっと携帯を取り出し、ひとつ、策を弄した。この死者たちとその遺族を含めた彼らの尊厳を守るために。桐生院という裏の権力(ちから)を総動員する事に何の躊躇もしなかったのだった。
「おや。杉下警部がいらっしゃいませんね。」
「つか機捜呼んでんのになんでオメーが来んだよ米沢ァ。」
「神戸警部補が被害者のお一人だと伺いまして。警視庁づきの我々にもお声がかかりました。」
伊丹たち現着の僅か十五分後、いち早く現場に駆けつけてきたのは鑑識の米沢だった。キョロ、とリスのような目で辺りを見回して一瞬で状況をある程度まで把握してしまったらしい。何よりも“杉下がいない、イコール神戸は無事”。それを確認出来れば後は仕事。そう言わんばかりにそそくさと支度をし、器具を取り出す姿はやはりプロだった。わらわらと特別車両から吐き出される鑑識のプロ達に場を譲り伊丹はぼんやりと考えを巡らせた。今回は特命係自体が派手に壮絶に巻き込まれているためたった今この瞬間当の杉下右京がいない。というか真犯人が不明ならばまだしも既にこの場で確保して自白の供述まで取れているのだ、ぶっちゃけて言えば天才杉下の出番など全く無い。それを伊丹と本部との無線のやりとりから杉下本人もわかっていたのだろう、公用車が停まった瞬間からわき見も余所見も一切なく杉下はただ神戸だけを見ていた。事件の事後処理が片付くまで病院、ありていに言えば神戸の傍から離れないだろう。伊丹は複雑な思いでその事実を容認した、初めて。米沢に言われて変人警部どのなら真っ先にここに来る筈だとハタと気付いたからだ。まあ実際にはゴリ押しで伊丹に同行した挙句真っ先の臨場の上で風のように去って行ったのだが。
「…神戸さん…大丈夫っすかね。」
「ん?まあ仁が保証してたからな。てーした事ねえだろ。」
芹沢の呟きに努めて軽く答える。本当は伊丹も神戸が心配でならなかった。出来る事なら杉下同様あの救急車に飛び乗って行きたかった。けれど役割分担、何よりも自身の仕事に対する誇り、自負がそれをあっさりと押し留めた。それに。
「怜ちゃん。」
芹沢がぽつりと呟く。あの穴の縁に佇む美しいシルエット。桐生院怜は未だあの犠牲者達の傍に寄り添っていたのだった。
「……。」
ち、と舌打ちをした。がりがりと頭を掻き、伊丹は鑑識を掻き分け穴へと向かった。
作品名:【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形4 作家名:イディ