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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形4

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  「怜。」
 ひょう、と耳元で風が啼く。姿勢のいい怜の後姿は武道を修めた者特有の潔さを孕む。
  「憲兄。」
振り向かず答えた怜。だが今、その背中が泣いている。悲しみに沈んでいる。伊丹には容易にそれがわかった。
  「おまえ、病院に行け。芹沢の奴に仁の車運転させるから一緒に乗ってけ。俺らは生存者からいつ話聞けるのか確認しなきゃならねえし、おめーは早くタケルのとこに行ってやれ。」
伊丹は怜の事も仁の事もとても大切に思っている。それを素直に表す事の出来ないぶっきらぼうで不器用な彼が、彼にとって精一杯の優しさをかけた。
  「俺も後で行く。だから」
だからこんな場所からとっとと離れろ。伊丹は言葉にしてそう言いたかったのだ。
 けれど怜の背中は動かない。ただ犠牲者たちを見つめて微動だにしない。
  「なあ憲兄。」
  「なんだ。」
  「なんでこないなことできるん?」
伊丹の瞳が見開いた。
  「なあ。なんでこないな事出来るんかな… 人間が… 同じ、人間に。」
  「怜。」
ぴくりともしない。相変わらずただ穴の底を見つめている怜。その背中が淡々と続けた。
  「私と仁が大阪で関わった事件てなあ。みんなちゃんと、理由があってんよ。憲兄。」
  「…。」
  「そらあトチ狂った“理由”もあったよ?完全なただの逆恨みやんかとかアンタとにかく金かいなとか、聞いたこっちがほとほと呆れてしまうもんも多かった。
 …けどなあ。大半は、誰かの誰かに対する…恨みつらみやってん。」
  「…そうだな。」
ざく、と土を踏みしめ伊丹は怜の左隣に立った。伊丹と物言わぬ人形達だけが怜の言葉を聞いている。
  「被害者に生前ホンマに酷い事されて、もうコイツ殺してしまわなこの先生きていかれへんとか。自分の大事な人ひどい目に遭わされたとか。とことん追い詰められて心壊れてもうて、もぉどないもこないもあかんようになって… 動機を聞いてみたらああ、それはあんさん、しゃあないなあ、無理あれへんなあ、とか。絶対に口に出してゆうたらアカンけど、そう思うてまう“理由”、ばっかりやってん。」
  「…。」
伊丹が右手で怜の肩を抱いた、強く。少しだけ自分の方へ抱き寄せた。
  「せやけど、このお人らは…」
  「おい怜。」
そうしないとこいつがくず折れそうだったからだ。どこか闇の淵に墜ちてしまいそうだと恐れたからだ。

  「べつになんも、してへんやん。」

瞳を閉じる。そんな理不尽をこの若い心の内に抱えさせたくないと、ずっと伊丹はそう思ってきたのに。

  「なんもしてへん。このお人ら、松宮になんにもしてへんやん…。」
  「ああ。」
  「なんも理由なんかない。ただ松宮の気に入ってしもうた、それだけや。」
  「怜。」
華奢な女の身体が強張っていた。悲しみだけでない怒りの発露を伊丹は見た。
  「そんなん、ありなんか?なあ。そんなわけのわからん事、あってもええんか?憲兄。」
  「怜。」
右腕に力が篭った。この世のあらゆる理不尽に対する怒りと哀惜。そんなものを抱えさせたくない、いやさ抱える必要など一切ないと、ずっと伊丹はそう思ってきた。積極的に事件に関わらせようとする警察庁(となり)の刑事局長や杉下右京とは違う。伊丹憲一にとって桐生院怜とはただの年若い乙女でしかなかったのだ。
 だからこそあの手この手で怜と仁を遠ざけようとしていた、この世界にはびこる悪や人の心が招ぶ闇の汚泥から。なのに当の二人がそれを良しとしない。どうしても首を突っ込む学生に正直伊丹は恐怖していた、いつかその無垢な心たちが壊れてしまうのではないのかと。

    それが今か?怜の中の何かが崩れてしまっているのではないのか。

  「いいわきゃあねえ。あたりまえだ。」
 ぐいと更に力を込めて抱き寄せる。壊れてしまったなら俺が直してやると、言外の想いを忍ばせて。
  「ほんならなんでこのお人らは死ななあかんかったん?憲兄…!」
ぎゅ、と怜の右手が伊丹のスーツを掴んだ。縋るような指、けれどその指先に宿るのは女特有の感じやすさなどでは決してなかった。それに気付いて伊丹は怯んだのだった、確かに。
  「あったらあかん事やのに…!なんでこの人らは死ななあかんかったんや…!!」
滲んでいた涙は悔しさだった。救えなかったと己の無力を恥じる涙だった。
  「…怜。」
  「いやや…こんな死は嫌や…!」
それは伊丹達と同質の叫びだった。

    「こんなやりきれへん“死”は… ぜったいに嫌や…!!」

 慟哭は戦う者のそれだった。決して諦めない者の心の叫びだった。

  「…怜。」
ある意味愕然として伊丹は怜の肩を抱く。たった今この瞬間、怜の事を“同志だ”と思ってしまったからだ。そしてそれは常に行動を共にしている仁も同じだ。
  「あったらあかん…こんなん… 人が人に、ぜったいに、したらあかん… 」
  「…。」
ぎゅ、と伊丹は唇を噛む。己の甘さと裏腹の怜自身の強さをつきつけられ、しかしそれでもと思い募る自分の感情を持て余す。
 居もしない妹のように感じている女は未だ少女の柔さを孕んでいる。庇い守られるのが本望という女しか伊丹の側にはいなかった。それを潔しとしない怜は頑ななほど何かを抱え込んでいる。その一端を知っている“らしい”大河内春樹と怜は何故か背中合わせの印象を受ける。
  「…お前が思い知る事じゃねえ…。」
だから強く肩を抱く。
  「…憲兄…?」
  「警官でもねえ、弁護士でも検察官でもねえお前が、タダの一般人どころか親のスネかじってる学生のおめーが。身に沁みるようなこっちゃねえって言ってんだ…!」
ぐいと抱き寄せ半分胸に閉じ込めるように抱いた。
  「なんで関わる、怜…!こんな思いまでするんだぞ!?」
  「憲兄」
  「わざわざ飛び込んで自分から傷付く!それでもやめようとしねえ、なんでだ怜!」
  「… 」
  「仁は医者だ、ある意味で俺達と同類だからまだわかる。けどおめぇは…!」
  「いま生きてるからよ憲兄。」
愕然とした。

  「私が私として、たった今生きてるからよ。憲兄。」

見上げてきた怜の瞳は漆黒の色をしていた。 まるで昏い闇の底の底のように。

  「…ごめん。」
やがて俯いた怜。その華奢な肩に何かが見えた。怜が背負う重い荷物のその影が。
  「ごめん、憲兄… 」
  「…謝るこっちゃねえ。」
肩から外して頭を撫でた。抱いたまま梳いた髪は艶やかで、さらさらと伊丹の指からこぼれて行った。
  「怒ってるわけじゃねえ。心配してるだけだ。」
  「…うん… 」
ありがとう…。 小さく聞こえた呟きは吐息のように伊丹の胸に染みた。