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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形4

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 暫く風に吹かれ佇んでいたふたり。伊丹の肩に凭れた怜は急激な疲労を感じていた。肉体的ではなく精神的な疲労だった。松宮遙の肥大した自己愛を相手にしていた怜はそれを跳ね返すのに多大な労力を消費した。確固たる自我を保たなければ__に乗っ取られる可能性もあった。それは常の事ではあるが、あそこまでの利己に充ちた空間では怜達の方に不利だ。特に今回は神戸尊を人質に取られていたわけで、そんな特殊で危機的な状況も怜の疲労に拍車をかけていた。神戸とキョウコを送り出し緊張が一気に解けたせいもあるだろう。

 しかし本当の所はそれだけではなかった。神戸が拉致されたと知った瞬間から消えなかった疑惑が、また怜の中に溢れかえってきたからだ。

恐ろしかった。もしその疑惑が真実ならばこの先を生きてゆくのは無理だとすら思えた。他人に比べればかなり短いだろう“これから”を、それでも一体どうやって乗り切ればいいのか、桐生院怜には皆目わからない。
 言えない、仁にすらも。特に鬚切が現出してからの彼とは対立する事が増えた。自分を気遣い常に心配してくれていると知っているからこその対立は実を生まない。不毛な言い争いが重なる時間、本当は怜はそんな時間でさえも惜しいのだ。誰といる時でももっと笑って過ごしていたいのに、怜の抱える現実はそんなさやかな願いすらも許さない。
 ふ、と小さく息を吐いた時伊丹が呟いた。
  「…怜。」
  「…ん。」
  「さっきも言った通り、おめぇとっとと病院に行け。つーかお前が診察してもらえ。なんか顔色悪りぃぞ。」
  「あは。そんな事ないよ、ぜんぜんへいき。」
ニコ、と微笑んで長身の伊丹を見上げる。空元気だったけれどそれが怜の日常だ。しかしいつの間にか関西弁から標準語に戻っているのには気付いていない。その方言の変化は怜の様々なもののバロメーターだと薄々カンづいている伊丹、胡散臭そうに見下ろしていたその顔がふと揺らいだ。
  「?」
小首を傾げた怜。伊丹の視線が外れて怜の背後を見ている。
  「憲兄?」
  「おい。こいつは… マジか。」
  「?」
  「つかジャマなんだがな。」
  「へ?」
意味がわからなくて背後を振り返った。さらりと流れた怜の髪。伊丹達の公用車の側に一台の車が停まるところだった。
  「え」
それは覆面車両でもなんでもなかった。怜もよく知っている車だった。メタリックのシーマ。瞳が見開く。
  「うそ。」
運転席から降り立った長身。一度周囲を見回し少し高い位置にいる怜と伊丹を認め視線が絡んだ。
  「春樹くん…!!」
警視庁首席監察官、大河内春樹の臨場であった。

  「え、ちょ、ウソ、なんで春樹くんが…!?」
  「うわめんどくっせ。」
 ズケズケと言ってのけ伊丹が髪をかき上げる。表情までも正直にうんざりしていた。おろおろと伊丹と大河内の間を見交わし怜が焦る。
  「なァに焦ってんだよ怜。」
にんまりと楽しげにからかってくる伊丹。それどころではない、実に怜、分が悪い。正に泡を喰った様子に伊丹が笑う。
  「なんで、なんで春樹くんがここに来るの!?憲兄教えた!?」
  「誰がわざわざ教えっかよめんどくせー。」
そりゃ確かに。
  「たく変人警部殿がいねーっていう貴重な現場だってのに、誰だ監察官なんぞにチクった奴ぁ。」
  「お、それは内村刑事部長と、中園参事官ですなあ。」
  「ええっ!?」
さりげなく(いつの間にか)横に立っていた米沢がしゃらっと告げる。周りに機捜と警視庁の鑑識がわらわらと群がってきていた。家が完全に潰れてしまった為穴の中に入る手段がない。なのではしごや縄など片っ端から道具を漁って直接この穴から地下へ降りようとしているのだった。
  「どうやら最初に情報の齟齬があったようでして。神戸警部補が誘拐されたのではなく、何らかの不祥事を起こしたと刑事局に第一報が入ってしまったのですよ。」
  「なんじゃそりゃ。」
呆れて腰に手をあてツッこむ伊丹。また凄まじい齟齬だと怜も呆れた。
  「で、ご丁寧にお二人ですぐさま監察室に進言したという次第ですな。」
  「部長のこった、これで特命をツブせるとでも思ったんだろ。どーせ。」
くくく、と楽しげに笑う伊丹。いやそれは洒落にならない。
  「てゆーかカンちゃん、被害者…。」
  「ええ、誤解はすぐに解けたらしいのですが。まっすぐ大河内監察官に届いていたようでですね、どちらの情報も。」
  「…………………。」
あああ… と怜が軽く絶望。ウッチーそらほんまもんのいらんことしぃやぁ、と今回ばかりは恨みに泣いた。(実は怜も仁も内村の事は大好きなのだ。大阪府警時代に轟からさんざん聞かされた内村の少年のような正義感を好ましいと思っており、警視庁で初めて挨拶をした時から二人は双方向で内村といい関係を築いていた。こと内村、自分の昔を知っている轟の秘蔵っ子という意味もあり怜と仁に特別に目をかけている。いい意味で。)顔を覆い俯いて、三浦に詳細を聞いているらしい大河内をちらりと見やる。さらりと流れる怜の黒髪、風に巻き上げられた時また大河内が怜を見上げた。
  「おら。とっとと行って来い。」
  「憲兄。」
ぐいと肩を押しやられた。向きを変えられ両手で背中を押された。
  「ついでに監察官どのをタケルの病院に送ってやれ。あんなもんに現場に居座られちゃ、メーワク極まりねえんでな。」
にやりと極悪なツラ構えで笑った伊丹。イヤやあ、と拒否したい怜だったがその“ジャマ!!”という感慨に於いては機捜を含めたその場の全員がひとつになるほどのエネルギー量だった為とても逆らえなかった、桐生院怜を以ってしても。
  「怜。」
 いつもの隙のないいでたちで佇む大河内春樹。く、と顎を上げ怜は腹を括った。ここ最近顔を合わせていない分今日の叱責はきっと苛烈だ。周りを見回しそっと大河内の袖を引く。捜査員達の邪魔にならない空き地の端まで移動した。
  「大丈夫か、怜。」
  「春樹くん。あの、あのね。」
ここなら誰にも聞こえない、だから“何を話しても大丈夫だ”。けれど言葉が出てこない。怜の喉の奥に引っ掛かって大河内に告げられない。
  「神戸が誘拐されたと聞いた。」
怜の瞳が見開く。思わず俯いてしまった。
  「それも複数の人間を手にかけた相手だと聞いた。 …神戸は、無事なんだろう?さっき携帯に連絡をもらった。」
  「うん、だ、だいじょうぶ!カンちゃんには傷ひとつついてへんよ!」
焦って顔を上げ言い募った。引き攣った笑顔だと自覚はあったけれど余裕など皆無だった。
  「ただめっちゃ疲れてしもうてて、さっき救急車で運ばれて…!」
  「怜。」
静かに呼びかけられてびくりと竦んだ。
  「きみと仁君が、事件発覚のきっかけだとも聞いた。」
  「!」
  「二人で、神戸を救い出してくれたんだろう?」
  「…あ」
言葉にならない。声が出ない。無意識に顔を背けていた。
  「私が言うのもおかしな事だが… ありがとう、怜。」
弾かれたように見上げた。大河内の柔らかい笑みが怜を見ていた。
  「春樹く… 」