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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形5

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 さんざんな二日間を過ごし神戸はやっと今朝それらから開放された。検査値全て正常とのお墨付きを頂戴し、明日の午後に退院という運びになった。遅れて目覚めた桜井京子はこれからが検査三昧だが、一足先に神戸が下界へと戻る。やったあ、と素直に喜ぶ部下に杉下もやっと安堵したのだった。
  「神戸君、ですが二日毎に通院ですよ。わかっていますね?」
  「わかってます杉下さん。これで四度目の確認ですよ、俺信用ないんですね。」
  「血液の精密検査を受けろと再三申し上げているのにずっと棚上げしているでしょう。多少うるさく言うのはあたりまえです。」
  「そんなに心配なら杉下さん、ついて来てくれます?」
んふ。
 さりげなく誘ってみたらチャーミングな上司は片眉を上げ、おやと呟いた。両手を後ろで組むいつものスタイルで。
  「…構いませんよ?」
  「やった。」
なにが“やった”なのでしょう。 胡乱な顔で考え込む杉下右京、実にトーヘンボクである。


  「明日、退院、かあ…。」
 左にある窓からの景色を眺めながら神戸が呟く。奇妙で異常な体験をしたのだなと、いまさらながら実感していた。
 記憶に焼きついた杉下の、あの表情。多分よほど危険な状態だったのだろうとひとごとのように思う。切れぎれの怜との会話もふっと水底から浮き上がるように蘇ってくる。必死の表情だった怜。自分に訴えていた事を明確に覚えてはいないけれど、それでも心の芯の部分にかちりとはまっている事はわかっている。
  『杉下さんだけでなく、怜ちゃん達にも何か、お礼しなきゃ。』
ふむ、と腕を組む。女の子に関してはどんと来いだし(それもどうだろう)仁には欲しがっていたドイツ語の医学書という手があるが、問題は杉下右京である。かの人の趣味嗜好、かつその鑑定眼に適うものなどそうそうそこらへんに転がっているとは思えない。しかもこの数日の自分の世話を殆ど全部杉下にさせてしまった。なまなかな“お礼”でははっきり言って全く割に合わない。
 だから神戸、ずっと温めていた案件を実行に移そうかと考えていた。

    『…誘っちゃおうか。』

   曰く、 【 そうだ、京都行こう。 】プランである。

 この先季節が移れば春爛漫、桜の時期がくる。日本人の魂に刷り込まれた幽玄を愛する心が一斉に頭をもたげてくる時期なのだ。桜と言えば京都、京都と言えば桜。あまつさえメッカとも言うべき神社仏閣で特別拝観が封を切る。神戸は大学時代の教授が京都出身で、あらゆる古寺名刹の知識を叩き込まれた。法学部の学部試験にまで出題するのだからもはやパワハラの域である。しかしそのおかげでガイドも完璧にこなせるという隠れた特技にもなっていた。杉下が以前“京都の神社仏閣には実に興味があります”と言っていたのをちゃっかり覚えていたのだ、そして残念な事にあまり行った事がない、とも。
  『誘っちゃおうか、な。』
神戸は物事や人に対してあまり臆する方ではない。しかしこと杉下右京という人間に対してだけは妙に臆病になってしまう。それは特命係に来たきっかけそのものが後ろめたいからであり、また彼にきっちりとそれを詫びた事がないからだった。
 だからもし叶うならこの旅行で、ちゃんと詫びようと神戸は思ったのだ。うん、そうしよう、ぜったい誘おう。 勢いこんでそう決意した時、左の窓ガラスがコツンと鳴った。

  「…へ?」
 聞き間違いかと思った。まるでノックされたようだと思ったのだがここは四階なのだ。「?」と訝しく小首を傾げたらまた聞こえた、コツン。
  「…だれ?」
その問いに答えるようにまた聞こえた。
  「カア。」
  「え!?」
びっくりして慌ててベッドから身を乗り出した。背凭れ状態のベッドにもたれていた神戸からは見えない位置に、黒い塊が鎮座していた。
  「あ。このカラス…!」
突然記憶が蘇った。怜に助けられた時に側にいた、片目のカラスだった。
  「ど、どうしたの?きみ、怜ちゃんのカラス、だよね?」
ガラス越しの問いかけにカラス――柘榴だ――はくくっと首を傾げた。まっすぐ見つめられて刹那怯んだ。まるでこちらの言葉の意味が全てわかっているような気がしたのだ。
 柘榴は畳んでいた漆黒の翼をゆっくりと広げ、もう一度畳んだ。そして嘴でコツコツ、と二度ガラスをつついた。“開けておくんなさい。”
  「…開けるの?」
  「カア。」
笑った。やっぱわかってたりして、と冗談めかして思った。鍵を開けカラカラと窓ガラスを押しやる。すると柘榴、一度引っ込んだ。
  「え、ちょ、どこ行ったの?」
更に身を乗り出そうとしたらバサ、と羽ばたきの音がした。そして神戸の瞳に間近で飛翔する鳥の姿が映った。
  「わ…!」
綺麗だ、と思った。鳥は元来人には懐かない。特に大型のそれは簡単に人間の許から羽ばたき自由な空へと戻ってゆく。だから神戸はこんなに近くで鳥が羽ばたく姿を見た事がなかった。いくつかの羽根を散らし柘榴が部屋に入ってくる。その翼が起こす風に、ふと馨しい香りが乗った。
  「…え。」
神戸のベッドの上、白いシーツにくるまれた毛布。それに潜った彼の膝の上に静かに着地した柘榴。当然のように、まるでそこはあっしの止まり木ですぜと言わんばかりに。そして一度神戸を振り仰ぎ、そっとその嘴に咥えたものをシーツの上に置いた。
  「…ウソ。」
それは真っ白な一輪の花。純白の白百合だった。


 え、え、と多少パニックになりながら神戸が髪をかき上げる。目の前の光景が信じられない。カラスが自分の膝の上にいる事も、そのカラスが手土産よろしく花まで持参してきた事も。

    いやむしろこの場合。土産ではなく見舞いの花、だろうか?

  「…俺に…くれるの?」
百合を指差しおそるおそる訊ねた。
  「カア。」
  「まじでっ?」
間髪置かずツッこんだ。会話が成立している事には完膚なきまでに無視をした。
  「クア。」
  「…。」
“早く元気におなりなせえ。” そんな言葉が聞こえた気がして、神戸の表情が柔らかく緩む。
  「…ありがと。でも大丈夫、俺あした退院なんだよ。」
  「カア。」
く、と首を傾げた。“そいつはよござんした。” 翼を軽く広げ体を膨らませる柘榴。神戸が笑った。


 美しい日本人形のような顔を見上げながら片目のカラスは考える。やっぱり生き写しだ、と。数えて五百年近く昔の戦乱の世、束の間の邂逅で柘榴の魂をもぎ取って行った、あの幼い「たえ」という名の少女に。

 怜に従いねじろにしていた奥多摩の山を下り、初めて神戸を見た時の驚き。まさか生まれ変わりってやつですかい、と暫く神戸と特命係を追いかけた。が、結局そうではないと“力”を使って確かめるまでもなく知れた。しかし血筋は繋がっているのかもしれないとは思った。でなければここまでに凄絶な美貌が完璧に再現されるという説明がつかない。たえも美しかった。美しかったが故に命を落とした。血とはらわたと糞便の溢れる戦場で、辱めを受けて落命した。