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天柳 啓介
天柳 啓介
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サマーメモリーズ

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記憶のカケラ


 夢というのは非常に曖昧なものだ。最近彼――矢神 雄輔はそんなことを考える。
 なぜそんなことを考えるのかは、ここ最近"また"見始めた『夢』のせいがある。
 雄輔は4年前、トラックとの衝突事故をした。その影響があって、事故以前の人物との記憶を全て無くし、その時から見始めた『夢』がそれだ。
 内容は、初夏にしては涼しめのが吹く日、どこともわからない教室である少女と二人きりになる。
 少女は笑いながら語りかけてくるが、雑音によって殆ど聞こえない。
 ただ、毎回最後に言う言葉がある。
「また――あの夏が来るね」
 それだけは、毎回、はっきりと聞き取ることができた。その後、少しだけまた少女が話すパターンがあるが、それも雑音によってかき消されていた。
 その少女の言葉の意味は今でもわからない。
「また、難しい顔してんのな」
 声がして、ふと我に返る。
 整然と並んだ教室の机の一角に陣取っていた雄輔は、この学校に入ってから一番同じ時を過ごしているであろう友人に顔を向ける。
「すまん高崎、考え事してて」
 高崎は、まあいいけどよ、といったふうな素振りを見せ、2本持っていた缶ジュースの片方を差し出してきた。
 それを受け取ると、隣の席に同じように陣取る。
 すると、高崎が聞いてきた。
「お前、明日から夏休みだけど、なにか予定とか入れてんの?」
 いま季節は夏真っ盛りで、高崎の言うように明日からは夏休みに入る。
 雄輔は少しだけ、外の様子を眺めながら憂いた顔で答えた。
「予定は、ないよ」
「なんだないのか、てっきり遥香ちゃんあたりとあるかと……」
「あ、いたいた!」
 高崎の声を、よく知る女子の声が遮った。
 茶髪……というよりは、少し橙色に近い色の髪を肩辺りで切っており、いかにも活発な感じを彷彿とさせるミニスカートの制服に身を包み、胸元にはリボンが添えられている。
「本人登場かよ」
 高崎は椅子を用意する。
「高崎君、ありがと」
 軽くお礼を言った彼女――菜月 遥香は用意された椅子に座る。
「それで、なんの用だ?」
「あー、あのね……、夏休み、予定とか……無いかなー、なんて」
 遥香はすこし照れながら聞いてきた。 
 高崎はそれを確認すると、少し離れた場所に移動した。
「あいつにも言ったけど、今のところ無いよ」
 それを聞いた遥香は、ほんとに!?といったような顔で迫ってきた。
「近い近い……、うん、無いよ」
「じゃあ、明日……遊びに行かない?……もちろんお友達も誘ってもいいけど……」
 ちらっと高崎を見る。
 高崎は、お呼びじゃないんで、みたいな仕草を見せる。
「高崎も行くってさ」
 奥の方で、おおい?!みたいな顔をされた気がしたが、スルーした。
「……じゃ、じゃあ私、ほかの子に話ししてくるね!」
 そう言った遥香は教室を出て行った。
 となりに戻ってきた高崎が聞いてくる。
「おい、いいのかよ?」
 高崎が問いかけてくる。
「どうせお前も無いだろ」
「それはそうだが、せっかく遥香ちゃんと二人きりになれるかもしれないチャンスだったんだぜ?」
 そんなことは分かっている。遥香が、自分に好意的なことも。
 しかし、それを分かっていても、雄輔は、それ以上彼女に近づこうとしなかった。
「あいつとは……、遥香とは、今までと変わらない友人でいたいんだよ」
 記憶をなくした雄輔にとっては、他人から聞いた設定のようなものだが、遥香とは小学生の時からの幼馴染であり、腐れ縁だった。
 小学校から高校生の今まで、別クラスになったのは、中学の1年以外に無い。
 人当たりがよく、全ての人から好かれている遥香が、自分に好意を向けてくれることはとても嬉しいことだが、今の関係から進みたくも、後退したくもない。というのが雄輔の本心だった。
「さて、そろそろ帰るか」
 今日の授業はもうとっくに終わっている。
 高崎と並んで校舎を出て、門の前で別れる。
 一人になった雄輔は、正門を出たすぐの角を曲がり、その先の交差点で信号に引っかかり、停止を強いられた。
 すると、後ろから少女の声がした。
 その声は、とても聞き覚えがあり、つい先日も『夢』で聞いた声だった。
「…………え」
 絶句した。『夢』で見た少女が今目の前にいるのだ。『夢』同じ服装で、『夢』と同じ髪型で、『夢』と同じ身長で。
 心臓の鼓動が速くなるのが分かった。
「また――あの夏が来るね」
 『夢』と同じ台詞を口にした。
 それを聞いた途端、頭の中に事故の日がフラッシュバックする。
 地元の交差点。ある友人の家に遊びに行く途中、雄輔は信号を無視してきたトラックと衝突する。
 同じ内容の『夢』のはずだった。しかし、違う点が一点、現れた。
 信号を渡ろうとしている雄輔の横に、『夢』に出てきて、今まさに目の前にいる少女がいるのだ。
「…………由紀」
 無意識にその名を呼んでいた。
 すると、頭に少女の声が響く。
「やっと……思い出してくれた」
 その声で、一気に現実に引き戻される。 
 目の前には、もうその少女の姿はなかった。
 ――代わりに、全てを思い出していた。
 事故時の記憶、事故以前の記憶、それだけじゃない。
 『夢』に出てきた少女の名だ。
「由紀……」
 その名前には覚えがある。その少女は、遥香と同じ幼馴染で、小学校までは同じだった。
 しかし彼女の中学は別になった。それでも、今までと変わらず遥香と雄輔と3人で遊んでいた。
 そして、事故当日。
 由紀は、道端で見つけた雄輔を家で遊ぶよう誘った。
 だが、雄輔は迷っていた。その日雄輔は、遥香の家に行く途中だった。
 いつもなら、3人で仲良く遊ぼう、となるのだが、この時は少し事情が違った。
 この時、遥香と由紀は大喧嘩していて、口も聞かないほどだった。
 喧嘩の理由は、雄輔には分からない。
 しかし、そんな迷っている雄輔を、由紀は強く家に来るよう誘った。
 それに押された雄輔は、仕方なく、行くことにした。
 そして、その道の途中で事故に遭ってしまう。
 トラックとの衝突事故。運転手によれば、道が混んでいて、急がなければ間に合わないから信号を無視した、とのこと。
 この事実は由紀に深く傷を負わせた。自分があの時誘わなければ、誘ったとしても、もう少し早く話をつけていれば。
 自分のせいだと、そのことで病んでしまった由紀は、中学の校舎の屋上から――飛び降りた。
 雄輔が目を覚ましたのはその2日後だった。しかし、すでに記憶は在らず、知り合い達は雄輔に由紀の死を伝えることは無かった。
「なんで……なんで、こんな……」
 雄輔は、思い出したことを後悔していた。お世辞にも、いい記憶とは言えなかったからだ。
 雄輔の『夢』に出てくる少女は由紀、というのは分かった。では、あの教室のようなところはなんだろう。記憶が戻った今も、あの教室だけは記憶にない。
 それに、由紀の言葉も気になる。
「また、あの夏が来る、か……」
 雄輔は、言葉を無くし立ち尽くした。


 次の日、雄輔は起きると時間を確認した。
 7時58分。休みだからできる時間だ。
 遥香との待ち合わせは、9時に駅とのこと。時間にはまだ余裕がある。 
 少し、昨日のことを考える。
作品名:サマーメモリーズ 作家名:天柳 啓介