サマーメモリーズ
昨日、今まで『夢』しか会うことのなかった由紀に会い、記憶も取り戻した。
記憶を取り戻したからか、昨夜は『夢』を見なかった。
「由紀は、どこに行ったんだろうな」
由紀は昨日、どこかへ消えた。行き先なんて誰にもわからない。
そもそも、彼女は既に死んでいるのだ。行き先なんて考えても仕方がない。
そんなことを考えていると、下から皿が割れる音が聞こえた。
何があったのかと下に行ってみると、母親が玄関にいた。
「どうした?」
「由紀…………ちゃん……?」
目の前にいるのは、今まで『夢』で何回も見た由紀の姿だった。
だが、由紀のようで由紀ではない気がした。
本能が、自分の中の誰かが、そう言っていた。
「こんにちは、隣に引っ越してきた篠山 由紀乃です。よろしくお願いしますね」
ペコリと頭を下げた少女は、見た目から、声から、全てが由紀のそれだった。
だが本能だけは、それは違うと告げていた。
「あ、ああ……由紀乃、ちゃん……っていうの。こちらこそよろしくね」
「……あの、どうかしましたか?」
由紀乃が心配する。
「大丈夫よ、少し昔の知り合いの娘に似ていただけ。ごめんなさいね」
「そうでしたか……」
そんな会話をしてから、由紀乃は後ろの俺に注意を向けてきた。
「あら、息子さん?」
それを聞いた母親は、ようやく俺の存在に気づいた。
少しだけ申し訳なさそうな顔をしてから、足早に台所へと消えた。
「喧嘩でもしてるの?」
「いや、気にしないでくれ」
心配する、由紀乃と名乗った少女を宥める。
「……分かったわ。あなたがいつからそこにいたか分からないけど、一応名乗っておくわね。私は篠山 由紀乃。よろしくね」
よろしく、と軽く挨拶してから、由紀乃は問いてきた。
「あの……他人のプライベートに無理やり入り込むつもりはないから、答えたくなかったらそれでいいんだけど……私と、あなたのお母さんの知り合いの娘さんがよく似ているらしいんだけど、その子はどんな子なの?」
これを聞くことは、彼女が由紀本人じゃないことを示していた。
もちろん、彼女が化けの皮を被って、嘘をついている可能性だってある。だが、またしても自分の中の何者かが、それは違うと語りかけてきた。
「ああ、よく知ってる。幼馴染だからな。でも、何で気になったんだ?」
そりゃ自分と瓜二つの人物を知っている、なんて聞けば誰でも気になるだろう。だが、雄輔は敢えて聞いた。
「なぜか……その子のことが妙に気になるの。気になって夜寝れないかもしれない。でも、気になる理由は一切分からないの」
彼女の反応は、一般的に考えれば予想外の答えだが、今の雄輔にとっては予想通りの答えだった。
「悪いけど……今晩は寝かせられそうにないな」
それを聞いた彼女は、顔色一つ変えずこう言った。
「そう……まあ、そもそも他人のプライベートに上がり込むようなものだものね、聞いた私が悪かったわ。気分を害したらごめんなさい」
ペコリと頭を下げる。
「いや、大丈夫」
「こんな話を出来たのもなにかの縁かもね。私の家は隣だから、何かあったらいつでも来て」
と、なぜか番号の書かれたメモも渡された。
「私の連絡先。あなたとは今後も会いそうな気がするから。それじゃあ」
軽く一礼してから、彼女は家を出て行った。
「……不思議な子だったな」
今まで彼女がいた場所を見つめながら、雄輔は呟いた。
雄輔は、そろそろ準備しようと台所に向かった。
「あら……雄輔……」
母親の顔は、なぜか悲愴感に覆われていた。
「どうした?さっきから」
「お母さん、あなたに隠していたことがあるの……」
雄輔には母親が何を言おうとしたのかが鮮明に分かっていた。
「さっき来た子……由紀乃ちゃんって言っていたけど、由紀ちゃ……」
「知ってるよ」
雄輔は、言葉をそこで遮った。
「……え?」
母親はあっけにとられたような顔をした。
「だから、由紀っていう俺の幼馴染がいたことは知ってる。……中学の時に俺の事故がきっかけで、自殺したことも」
「雄輔……あなた、記憶が……」
雄輔は、『夢』のことや、昨夜のことは詳しく話さなかったが、今まで自分が記憶をなくしていたこと、事故以前の人物の記憶が急に戻ったことだけを伝えた。
「でも、さっき来た子は由紀じゃない。由紀乃だ。いくら似てるからって、他人を照らし合わせるなんて」
「……そうよね」
母親は何か煮え切らない顔をしていたが、無理やり納得したようだった。
「それはそうと、今日、遥香ちゃんと出かけるんでしょ?」
「正しくは高崎もいるけどな」
一言付け加えて補足した。
「あら、高崎君もいるの?てっきり二人きりかと……」
「なるか」
どうして俺の周りはこんなにも俺と遥香をくっつけたがるのだろうか。
そのことに多少イラつきを覚えながら準備を始めた。
時刻は8時40分。
「少し早く来すぎたかな」
案の定、待ち合わせ場所には二人共来ていなかった。
――その10分後、遥香がやって来た
「よう」
「おはよー」
そんな挨拶をして、遥香の服装に目をやる。
「似合ってるな」
そんなことをポツリとつぶやくと、遥香は耳まで赤くなった。
「……ありがと」
小声でそう言ったが、雄輔には聞こえていなかった。
――さらにその8分後、高崎がやって来た。
「ギリギリセーフ!」
高崎は、なぜか大荷物だった。
「高崎、いくら海に行くとは言え、少し荷物多すぎじゃないか?」
今日は、夏と言ったら、みたいな発想から海に行くことにしていた。
「これ買ってて遅くなったんだよ」
と言い、大きな荷物を見せてきた。
「何入ってるんだ?」
「おいおい、ここでそれ言ったら面白くないじゃんか。ところで遥香ちゃん、他には誰か呼んでないの?」
遥香は首を横に振る。
「雄輔と高崎君に面識ありそうな子には片っ端から声かけてみたんだけど、見事全滅」
結果とは裏腹に、遥香は少し嬉しそうだった。
「なんだ、そうだったのか」
雄輔は皆がいたほうが楽しいのに、と肩を落とす。
「おいおい、そんな顔するなって。さ、行こうぜ」
高崎が先頭をきって歩く。
「なんであいつ妙にテンション高いんだ?」
「んー?いつもどおりじゃない?」
「言われてみればそうかもしれないけど……ってさっきからお前はそんなに何が嬉しいんだ?」
「海行けるから!……かな」
少し自信なさげにそう言った。
海には、電車を乗り継いで1時間半くらいでつく。
昼前ということもあって、ビーチは大盛況だった。
「さすが夏休み、初日であっても人は多いな」
高崎が辺りを見回してそう言う。
「とりあえず、適当なとこに陣取ろう」
雄輔達は砂浜の一角にレジャーシートとパラソルを設置した。
「っしゃ!遊ぶか!」
妙にテンションの高い高崎を筆頭に、3人は遊びだす。
まだ8月も残っているというのに、焼けるように照りつけてくる太陽に身一つで耐えながら、雄輔は楽しんだ。
ビーチバレーや泳いだりして、時刻は14時30分。
「さすがにそろそろ腹減ったな」
「お昼食べてないし、そろそろ食べよ?」
どうやらほかの二人もお腹を空かせているようだ。