【カイハク】ファム・ファタール
数日後、ハクが二階にあがると、開け放した扉の向こうで、ライが床に工具を広げいているのを見かける。何をしているのかと、恐る恐る覗きこんだら、
「別に、噛みつかない」
背を向けたまま、ライが言った。
「あ、あのっ、私っ」
「ハクは気にしなくていい。俺が扱いに慣れていないだけだ」
「えっと、あの」
「自分で動くオートマタは、初めてなんでね」
戸惑うハクにライは振り向き、手招きしてくる。そろそろと近づくハクだが、床に散乱した工具に足を取られた。
「あっ」と声を上げ、前のめりに倒れそうになったハクを、ライの腕が抱きとめる。お礼を言おうとしたハクは、手に触れた素肌の違和感に眉を顰めた。
「俺は死体だから」
ハクは驚いて顔を上げる。ライは、ははっと小さく笑うと、
「オートマタじゃなくて、残念だったな」
「あ、あのっ」
「冗談だよ」
ライはそう言って、ハクに手を貸して立たせる。ライの言う「冗談」は、何を差してのことだろうと考えていたら、
「カイトに心臓を取られたんだ」
そう言って、ライはいきなり己の腕にナイフを当てた。ハクが止める間もなく白刃は滑り、肌に一筋の傷を付ける。だが、
「血が流れないだろう? 心臓がないんだ」
ライの言う通り、開いた傷口からは一滴の血も流れなかった。狼狽え、一体何故、と問うハクに、ライは肩を竦める。
「約束だから」
一言そう呟いて、ハクに背を向けた。
作品名:【カイハク】ファム・ファタール 作家名:シャオ