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【カイハク】ファム・ファタール

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宵闇が世界を支配し、青白い月の輝きだけが、かろうじて周囲を照らす。
ハクは、そろりと庭に通じる窓を開けた。この時間なら、人目につくこともないだろう。滑るように、手入れされた庭木の間を通り抜ける。これも、ライが手を入れたのだろうか。昼間に聞いた彼の言葉は、何処まで真実なのだろう。

『カイトに心臓を取られたんだ』

だから、ライはこの屋敷にいるのだろうか。自分の心臓を取り戻す為に。けれど、

そんなの・・・・・・カイトらしくない・・・・・・。

彼が、それほど無慈悲な振る舞いをするとは思えない。カイトについて、知っていることは皆無と言っても良いが、それでも、ハクには信じられなかった。
ぼんやりと月を見上げたハクは、不意に思い出す。月明かりの中、もみ合っていた人影のうち、一つは倒れ、一つは自分に近づき・・・・・・

「ハク」

背後から声を掛けられ、ハクは飛び上がった。振り向けば、カイトが首を傾げてこちらを見ている。

「どうした? 幽霊でも見たのか?」
「あっ、い、いえ、私・・・・・・」

ハクは逡巡した後、ライに聞いたのだけれど、と前置きして、

「あの・・・・・・彼の、心臓を、貴方が取ったと・・・・・・」
「ああ、そのことか。彼が望んだからだ」

いともあっさり言われ、ハクは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

「えっ、あの、ライが自分で・・・・・・?」
「そう。それが彼の願いで、私は彼の願いを叶える為に、心臓を預かった。まさか死体にされるとは思わなかったと、後で文句を言われたが」

肩を竦めるカイトに、ハクは話の内容を掴もうと、必死で反芻する。

「えっと、何故、心臓を預かる必要が?」
「同じ時間を過ごす為だ。私と彼とでは、時の流れが違う。彼が悠久の流れに飽きたら、返すつもりだ」
「返し・・・・・・たら、彼はどうなりますか?」
「人として死ぬ。それが彼の望みなら、いつでも叶えよう」

ハクは、言葉もなく青い目を見つめる。深い湖を思わせる瞳が、月の光を受けて揺らめいた。囚われたら、抜け出すことの出来ない青。

でも、きっと、ライがそれを望むことはない・・・・・・。

オートマタの自分には、同じ時間が流れるだろうか。

「・・・・・・私の、願いも、叶えてくれますか?」
「ハクが望むなら」

静かに告げられ、ハクは目を伏せる。

私は、彼に何を預ければいいのだろう・・・・・・。