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【カイハク】ファム・ファタール

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カイトが出掛け、ライも「やることがあるから」と居間を出て行った。一人残されたハクは、ぼんやりと物思いに耽る。
カイトはああ言っていたが、もし夫人がハクを返して欲しいと申し出たら、彼はどうするのだろうか。物言わぬ人形に戻すのだろうか。自分は望んでいないのに。
ハクは、ハッとして胸に手を当て、今の考えを反芻する。そう、自分は望んでいない。物言わぬ人形に戻ることも。伯爵家に戻されることも。

『ハクが望むなら』

私・・・・・・私、は、二人の側にいたい。このまま、ずっと。

カイトが帰ってきたら、そう伝えよう。彼はきっと聞き届けてくれる。ライは何と言うだろう。いつものように気のない声で、「好きにすれば」と言うだろうか。

「はい。私の、好きにします」

小声で呟いて、ふふっと笑いを漏らした。
その時、庭でがさりと音がする。ハクは驚いて顔を上げ、身を堅くするが、直ぐにカイトが戻ってきたのだろうと思い直す。
庭を通ってくるとは珍しいと考えながら、窓に近づき、鍵を開けようと手を伸ばした。
突然、ガシャンと音が響いて、ガラスの破片がハクめがけて飛んでくる。悲鳴を上げて逃げようとしたハクだが、足がもつれて絨毯の上に倒れ伏した。その体に、人影がのし掛かってくる。振り上げられたナイフの刃が、ランプの明かりを乱反射させた。
恐怖から目を瞑ったハクの耳に聞き慣れた声が響き、誰かの手が体を抱き起こす。

「もう大丈夫だ」

目を開ければ、カイトが安心させるように微笑んでいた。

「カイト・・・・・・!」

ハクはカイトにしがみつき、割れた窓へと視線を向ける。外へ逃げようとした影がぎょっとしたように立ち止まり、二・三歩後ずさりした。

「やあ、久しぶりだな、クラーラ」

ライが、張り付けたような笑みを浮かべて、声を掛けた瞬間、女の悲鳴が響き渡り、影がどさりと倒れる。

「え? あっ、あのっ」
「自分の殺した相手が現れたら、誰だって驚く」

カイトの冷静な言葉が、まるで異国の響きのように聞こえた。