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【カイハク】ファム・ファタール

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クラーラは、目の前に立つ自動人形を冷ややかな目で見つめる。夫であるシャンピニオン伯爵の収集癖には、些かうんざりさせられていた。

「美しいだろう、クラーラ? ハクという名がついている」

黒と紫のドレスを纏った人形は、透き通るほど白い肌と、妖しい赤い瞳と、艶やかな髪を持っている。所詮作り物だと、クラーラは内心溜め息をついた。

「ええ。思わず見惚れてしまいますわ、あなた」

言葉とは裏腹の冷たい口調に、シャンピニオン伯爵は慌てて、妻の美しさには到底及ばないと返す。クラーラは、そのお世辞に心を動かされた様子もなく、ただ唇の端を持ち上げただけだった。
四十を過ぎて、自分の容姿が以前ほどの魅力を備えていないと、クラーラは痛いほど理解している。髪の艶、肌の張り、完璧な曲線を描く体つき。目の前の人形は、三十年の歳月を経てもその美を失っていなかった。

随分、不公平じゃないかしら?

このオートマタの為だけにわざわざ改築した部屋は、豪華な調度品で埋め尽くされている。ただ音楽に合わせて踊る人形がティーセットを使うのかしらと、冷ややかに眺めながらも、形の良い唇から紡がれたのは、「染み抜きをしないといけませんわ」だった。
伯爵は、妻の突拍子もない言葉に目を丸くして、オウムのように言葉を繰り返す。

「え? 染み?」
「彼女の披露パーティーに着る、イブニングドレスですわ。うっかりして染みを作ってしまいましたの。目立つところではありませんけれど」

クラーラは肩を竦めて、作り物の笑みを浮かべる人形に視線を向けた。

「最も、皆様の関心は、私のドレスより彼女でしょうけれど」

シャンピニオン伯爵は、合点がいったように笑顔を浮かべ、クラーラを抱き締める。

「もちろん、ドレスは新調するさ。当然だろう? 君に僅かでも気まずい思いをさせるなど、あってはならないことだ」
「お客様は誰をお呼びしまして? 差し出がましいようですが、レリック候には、先にご都合をお聞きしておきましたの。あの方、ご自分が一番に招待されないと、気を悪くしてしまいますでしょう?」
「ああ、クラーラ。君は完璧な妻だよ。僕の人生において、君以上に価値あるものは、決して手に入らないだろう」

あの人形よりも?

クラーラは氷のような目をハクに向けながら、夫の胸に頭を預けた。