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【カイハク】ファム・ファタール

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クラーラは、目の前に座る男にティーカップを手渡す。

「いきなりお手紙を差し上げたりして、迷惑ではなかったかしら?」
「いいえ、お招きいただいて光栄です」
「お友達が来られなかったのは、残念ですわ。宜しくお伝えくださいな」

カイトと名乗った相手は、悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。恐らく、友人とやらの来られない訳が、何かあるのだろう。クラーラには興味もないことだが。
クラーラは自身のカップにお茶を注ぎながら、カイトを観察する。

変わった人ね。噂が立つのも無理はないわ。

鮮やかな青い髪は奇抜だが、仕立ての良い服に洗練された物腰は、育ちの良さを表していた。黒魔術を扱うなどという下らない噂を、クラーラは一笑に付す。そんなもの、ありはしない。そう、そんなものがあったなら・・・・・・

「ご主人は、まだ目を覚まされませんか?」

物柔らかな声に、クラーラはハッと我に返った。

「あっ、ええ、まだ・・・・・・。お医者様は、手を尽くしてくださっているのですけれど」
「さぞ恐ろしい思いをなさったことでしょう。心中お察しします」
「ありがとう・・・・・・お気遣い無く。私が留守だったことを、不幸中の幸いだと申す方もおりますけど。でも、もし出掛けていなければ、夫を守れたかもしれないと」

クラーラが目を伏せると、カイトが同情的な呟きを漏らす。クラーラは、警察にも説明したことを繰り返した。そう、あの日は友人の家に招待されていて、夫も行くはずだったけれど、少し体調を崩してしまったので、自分一人だけ行った。こんなことになるなら、無理にでも一緒に行けば良かったと後悔している。

「あの夜は天気が悪くて、帰りは馬車を呼んで頂きましたの。でも、皆さん考えることは同じですね。どうしても台数が足りなくて、他の方達と乗り合わせましたのよ。それで、帰りが遅くなってしまって・・・・・・」
「お気に病むことはありません。貴女が犯人と鉢合わせせずに済んで、ご主人も安堵していることでしょう」
「さあ・・・・・・どうでしょうか。主人の関心は、もう私には」

クラーラは途中で口を噤むと、無理矢理笑顔を浮かべた。

「ごめんなさい。こんな話、つまらないでしょう? まあ、お茶が冷めてしまいましたわね。入れ直しますわ」
「いえ、どうぞこのままで」

しばらく他愛のない世間話を繰り返した後、カイトはお茶のお代わりを辞退して、

「そろそろ本題に入りませんか? それとも、私の素性にまだ納得のいかない部分が?」

クラーラは、その言葉にふっと息を吐く。

「まあ、とんでもない。それどころか、どうしてもお引き受けして頂かなければなりませんわ」