こらぼでほすと 二人5
ハイネお勧めのレストランは、カジュアルだが、それほど騒がしくなく静かな店だった。アイルランド料理だけでなく英国料理も出している。まあ、ベルファウストあたりだと英国風の料理も出て来るから、ロックオンにとっては馴染みのあるメニューだ。
とりあえず、ビールとフィッシュ&チップスとベーコン&キャベジあたりの軽いパブメニューをロックオンが注文した。ニールは、お任せ、と、メニューを見ようともしない。
「俺のセレクトでいいのか? 」
「おまえがエスコートしてんだろ? お任せでいい。」
「軽く呑んだら、メインを頼もう。シチューとパイぐらいでいいか? 魚のほうがいい? 」
「おまえさんが食べられるってんなら、魚も頼めばいいけど、俺はシチューぐらいで満腹すんぞ。」
「まあ、揚げ物が魚だから、それぐらいでいいかな。ローストビーフもいっとこうかな。たまには本格的なの食いたいし。」
以前、食べ慣れていたメニューが並んでいるので、ロックオンも迷う。あれもこれも、と頼んだところで小食の兄とでは食べきれない。
「そんなに欲張らなくても、また来ればいいだろ? あと一週間はいるんだろ? 」
「それ、兄さんが付き合ってくれる? 」
「まあ、呑まないで食事だけなら。出勤日じゃなければ、夜は俺一人になるからさ。」
出勤しない日は、大概、ハイネが居ることが多いが、連絡しておけばいいし、なんならハイネも連れてくればいい、と、ニールが言うと、なるほど、と、ロックオンも頷く。実兄を一人にしないように、誰かが滞在しているのだろう。それなら、問題はないはずだ。二人で食事したいと告げておけば、ハイネも帰宅時間を変えてくれるだろうし、店に出勤することに変えてくれるはずだからだ。
「じゃあ、ローストビーフは後日にするか。シェーパーズパイとアイリッシュシチューにして・・・あ、ここのはクリアスープかな。」
「え? 」
「英国風だとトロッとして濁ったスープだろ? うちは澄んだスープだったから、クリアスープのが食べたいんだよな。」
「・・・・あーどうだろうな。」
「まあ、頼むときに確認するか。」
店員を呼んで、適当に注文すると、まずギネスが運ばれて来た。それで軽く乾杯する。
「特区に、肉じゃがって料理があるんだけど、肉は牛なんだけどさ、ジャガイモとニンジンとシラタキが入ってる煮物なんだ。それがな、どうも英国のビーフシチューの真似っ子らしいんだよ。」
「ビーフシチューの真似? 」
「うん、でもな、どっちかというとアイリッシュシチューに近いんだよな。クリアスープタイプだし、出汁いれて煮込んでるから。」
「へぇー。ということは、兄さんの好物になってる? 」
「割と作るかな。ボリュームがあってメシのおかずには最適だからさ。何日も煮込んで食べるから、最後のほうはジャガイモがとろとろになっててさ。俺でも食べ易いし、三蔵さんがメシにかけて食ってるよ。」
カリカリに揚がったポテトを口にして、兄は日常について話す。日常の出来事なら、あまり緊張しないのは経験済みだ。過去の離れていた時期の話になると、急に顔がこわばる。だから、今日は、その時期のことは避けるつもりだ。
「じゃあ、それ、俺にも食わせてよ。」
「いいよ。・・・うーん、これ一杯で沈没しそうだ。結構、強いな。」
「全部呑むな。今、ミネラルウォーター頼んでやるから。」
「あったらぺリエにしてくれ。」
「ぺリエがなくても、ガス入りならいいんだろ?・・・・ええーっと、あるある。」
ロックオンも、すでにビールは飲み終えていたので、新しいのを注文する。次にメインを頼んで、一息ついた。
「この後、あっちに帰るけど、何か欲しいものがあったら送るぜ? 」
「組織に戻らないのか。」
「ああ、あっちの組織と情報の突合せしたり、いろいろと雑用があるんだ。だから、あっちは仕事絡みだから、あんまりゆっくりできないと思う。」
「・・そっか・・・忙しいんだな。」
「まあな。いつものことさ。・・・・ほら、ベーコン切ったから食え。あんた、ポテトしか食ってないだろ? 」
ロックオンのほうは、粗方、自分の分は食い尽くした。腹が減っていたから、これぐらいでは足りない。だが、実兄は、ほとんど手をつけていない。どうせ食べないのだろうと、実兄の分も容赦なく口にする。故郷の料理だが、多少、こちらの味付けにされているのか、ロックオンにとってはハーブが物足りない感じだ。
「やっぱり、特区風にはなってるんだな。味付けが違う。」
何気なく感想を漏らしたら、実兄が、ちょっと驚いた顔をした。すぐに、そうかな、と、微笑んだ顔に戻ったが、見過ごさなかった。
・・・・もう覚えてないのか? あんた・・・・
長年、故郷から離れていたから、忘れているのかもしれない。ツッコミたいところだが、スルーする。いろいろと厄介なことになっているから、一々ツッコミすると疲れるし、兄が顔を隠したので、ツッコミしてはいけないとも思った。
目の前の料理は、故郷の料理だ。味はわかるが、これがディランディ家の味か、と、問われると、どうだろう、と、思う。フィッシュ&チップスは揚げ物だから味は変わらないだろう。ベーコン&キャベジは、ソースがかかっている。美味しいとは思うのだが、実弟は味が違うと言う。
「それより、みんなは元気か? 」
「元気だ。スメラギさんは、相変わらず酒呑んでるし、イアンのおやっさんとこは別のラボで開発のほうをやってるよ。ティエリアたちは、最近、会っただろ? 」
「ああ、元気そうだったよ。そういや、あいつらも欧州のほうへ出向くって言ってたけど。」
「そうなんだ。ティエリアは、俺が降下する時には戻ってたけど。アレルヤは、どこへ旅してるか聞いてないな。まあ、あいつは今のところ長期休暇だから、適当にブラブラしてんだろうな。」
そんな話に振り替えて喋っていたら、アイリッシュシチューとシェーバーズパイが届いた。リクエスト通りのクリアスープだ。ただし、羊肉ではなく豚肉で作られている。特区には、羊肉を食べる習慣があまりないらしく、スーパーでも見かけない。もちろん、シェーバーズパイの中身も牛肉のひき肉だった。
「やっぱ、こうなるんだな。」
「ラムもマトンも、あんまり売ってないからなあ。」
「まあ、これでも故郷の味だ。食おうぜ。」
「ああ。」
実弟が一口食べて、これはこれで美味いな、と、評価した。寺でもマトンが入るのは、ラクスが材料を調達してきた場合だけだ。味は、寺で作るのと似たようなものだ。この味はわかるのだ。なにせ、普段作っている味だ。
「これなら、うちでも作ってるから食べたいなら用意できるぞ。」
「うん、兄さんの味も試したいな。・・・そうか、兄さんは、もう、こっちの味に馴染んでんだな。材料が揃わないんだから、そうなるよな。」
「・・・そうなんだろうな。家を出てから、長く同じとこに落ち着いたのは、ここが一番長いんだ。もう5年以上、ここで亭主の口に合うもん作ってる。・・・・そっか・・・亭主の味なんだな・・・」
作品名:こらぼでほすと 二人5 作家名:篠義