白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
「……ま、まくらちゃんってこんなにスゴかったの……!?」
「……お、オレも知りませんでした……」
「……今日は特に調子がいいんだろうけど……それにしても……!!」
──バシーン!!! ──バシーン!!!と、まくらの手から離れた次の瞬間には、
もうミットに吸い込まれるボールが、腹にまで響いてくる音を立て続けていて。
その勢いは、テレビで見るオリンピック選手の球の速さにも負けてないようにすら感じられた。
勿論、実際にはそんな事はないのだろうけど、
画面越しではない生で、そして至近距離で見るその球は、もうそんな風にしか思えないほどの迫力だった。
どんどん築かれていく三振の山。
たまにバットに当てられる事もあったが、すっかり腰が引けてしまっているバッターが、
ヘロリと振っただけのスイングでは後ろへ飛ぶファールになるか、前に行っても内野ゴロが関の山で。
完封どころか、パーフェクトすら果たしてしまいそうな勢いだった。
「すごいすごい!! ランナー、一人も出てないよね!? これって完全試合ってやつになるんじゃない!?」
「そうですね……!! 万年一回戦のソフト部が、今年は県大会も夢じゃないなんて噂になったのも納得です!!」
雪姫や硝子がはしゃいだ声を上げる。
……けれど、それを他所に少年だけが、もうまくらの勇姿を真っ直ぐ見ていられなかった。
何故なら、
──まくらのヤツ、こんなスゴかったのかよ……!
オレなんかが、偉そうに上から目線出来るレベルじゃ全然ねーじゃねーかよ……!!
今までの自分の振る舞いを省みて、自己嫌悪で一杯になっていたからだった。
恋愛方面で完全に遅れている事を思い知らされて、一度は微妙な気分にさせられた。
けれど、最近のまた子供っぽいはしゃぎように安心していたところに──この晴れ姿だ。
──多少子供っぽいトコがあっても……まくらのが、オレなんかより全然人間的に上なんじゃん……
自分なんて、多少小器用なだけで特に取り柄もない人間なのに。
こんなにあった差にも気づかずに、ずっと上から目線で兄貴面していた自分が、とにかく恥ずかしかった。
──……カッコ悪……オレ、ホントはもうずっと……まくらには、内心笑われてたんじゃねーかな……
そんな風に、完全に打ちのめされて。いじけた事まで考えながら、ベンチに深く腰掛けたままでいた。
「……目覚くん? どうしたの。もう、完全試合が決まろうってとこなのに……」
それに、隣で立ち上がって応援していた硝子が気付いて。そんな風に声をかけてきた。
「……あ……う、うん……」
重たそうに、ゆっくりと立ち上がる。
そんな計佑を、怪訝そうな顔で硝子が見下ろしていたが、
また上がった歓声に、いよいよ試合が決まりそうだと察して、慌てて顔を試合へと戻した。
計佑も、のろのろと顔をあげる。
久しぶりに、まともにまくらを視界に入れた瞬間、まくらの手から弾丸のように球が放たれて。
一瞬でミットに収まり──最後のバッターも三振に仕留めて、まくらが本当にパーフェクトを達成してみせた。
ワァッと歓声が上がって、
そしてまくらが、ガッツポーズで真っ先に計佑たちを──いや、はっきりと計佑だけを。振り返ってきた。
勘違いでも、うぬぼれでも、被害妄想でもない。
完全に合った目が、間違いなく今、まくらが自分だけを見つめてきている事を少年に理解させた。
そして、その弾けるような笑顔に、計佑は──そんな事はないとわかっている筈なのに──
まるで、今までの自分をあざ笑われているような気がしてしまって……はっきりと、顔を背けてしまった。
……だから、喜び溢れていた筈のまくらの顔が、その瞬間どんな表情に変わったかなど、気付ける訳もなく。
すぐにチームメイトに囲まれてしまって、
計佑達からはあっという間に見えなくなってしまったまくらだったから、
硝子と手を繋いで飛び跳ねていた雪姫も、また気づかなかった。
結局、計佑たち三人の中で、その一瞬のまくらの表情に気づいたのは残った後一人だけ。
その少女は、雪姫と手こそ繋いではいたが、意識はずっとまくらに置いていて。
だから、まくらの笑顔が壊れた瞬間を決して見落とさず──すぐに計佑の様子を確認して。
そして、そっぽを向くように俯いている少年の様子に、目を剥くのだった。
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学校へ戻るため、バス停へと向かう雪姫達三人だったが、三人の間に漂う空気はどこか重かった。
理由は勿論、
「……ねえ計佑くん、何かあったの……? 試合が終わってから、随分元気がないみたいだけど……」
あからさまに暗い空気を漂わせている少年のせいだった。
試合直後、一番興奮していたのは雪姫だったが、
計佑と硝子の様子がおかしい事に気付いてからは、一人ではしゃぎ続ける事など出来る筈もなくて。
硝子の空気がおかしいのは、どうやら計佑に端を発している事は雪姫にも察せられた。
ただ、肝心のその計佑が何故落ち込んでいるのかは、雪姫にはまるでわからなかったが──
大好きな少年の萎れ切った姿など、見ていたくない事は確かで。
正直、いつも計佑に甘えきっている自分が慰められるか自信はなかったけれど、とにかく言葉をかけてみたのだった。
「……あ……すいません、先輩……いや、須々野さんも。
まくらが完全試合なんかやってみせて、すごい目出度いとこなのに。
オレが、なんか雰囲気ぶち壊しにしちゃって……」
一度は顔を上げた計佑だったが、言葉の途中でまた俯いてしまう。
「うっ、ううん、そんな事……何か気分が悪いとか、体調が悪いとかじゃ……ないの?
もしそうなら、とりあえず休まないと……」
「……いえ、そういうんじゃないんです。
ただ、自分がみっともなさすぎて……自己嫌悪してただけなんです」
そう答えて。ようやく少年がちゃんと顔を上げてきた。
「……ホント、すいませんでした。変な心配かけて」
そう言って、立ち止まって謝ってきた少年が上げた顔には
ようやく笑顔──といっても苦笑ではあったけど──が浮かんでいて。
空元気でしかないのだろうけど、いくらかでも立ち直ってくれたのだと、雪姫もまた立ち止まって。少し安心した。
かつて、島での帰りには、いくら言葉を投げても沈みきった計佑には届かなかった。
もちろん今は、あの時程落ち込んでいる様子ではなかったけれど、
それでも今、自分の言葉にちゃんと反応して、いくらかでも元気を取り戻してくれたことに、
嬉しさと少しばかりの自信も得て。声のトーンを上げて、また計佑に話しかけた。
「ううんっ、いいのいいの!!
……あっでも、もし私が聞いてもいい事だったら、何で落ち込んでたのか話してみて?」
「いえっ、それはちょっと……」
苦笑しながらだったが、それはしっかり拒絶されてしまった。
──う……やっぱり私じゃダメなのかな……
ちょっと調子に乗ってしまったかと反省もしたけれど、
それ以上に、結局は拒絶されてしまった事のほうがショックだった。
けれど、上辺は笑顔を取り繕って、慌てて謝る。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON