白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
何故なら、アリスが寝転がっているのは、なんと計佑の身体の上で。
そして計佑のほうも、アリスの髪に指を通したり、くるくるとその髪を弄び続けて。
……もうこれは、雪姫以外の人間から見てもそうとしか見えないかもしれなかった。
──くっ……!! 落ち着いて、落ち着いて……平常心、平常心……!!
計佑をベッドにしたアリスがご機嫌な様子で、時折雪姫のほうを伺ってくる。
その様子を見れば、アリスが自分への当てつけで計佑に乗っかったりしているのは分かりきった事で。
先日の一件以来、
とにかくアリスは自分をからかってばかり来るが、それに慌ててみせたりするから調子に乗っているのだ。
毅然とした態度をとっていれば、面白みがなくなったと、アリスも諦めて計佑に絡む事はなくなる筈で。
だから、今はとにかく我慢だ。
──そうよっ、それに今の私なら、この程度のコト、なんてコトないハズだもん……!!
ついさっきの、硝子との一件。
あれではっきりと分かったじゃないか。
結局のところ、自分にとってアリスは本当に脅威という訳ではないのだ。
勿論、面白くはないし、完全に平常心とはいかないけれど、慌てるような事でもないのだ。
──だって、計佑くんはやっぱり、全然アリスのコト意識してないもんね……!!
指先こそアリスの髪に絡み続けているが、少年の視線も意識も、もう完全に空に釘付けだ。
それに、さっきかけてもらった言葉もある。
先ほどの計佑の表情と言葉を思い出して、また顔が熱くなった。
そうして、完全に余裕を取り戻して。
またこちらの様子を伺ってきたアリスに対して、微笑を返してやった。
その雪姫の余裕に、アリスがむっとした顔になる。
──勝った……!!
最近は、なんだか立場が逆になりつつあったけれど。
ようやく、以前の関係に戻れたと、雪姫の笑みが深くなった。
そして、そんな雪姫の表情に、
ますますアリスが頬をふくらませていって──しかし突然、ニマっとした顔つきになった。
その笑みに、なんだかイヤな予感を覚えてギクリとする。
次の瞬間、あろうことかアリスは──身体をひっくり返して。計佑と抱き合うような姿勢になってみせた。
──!!!??!!?!!
声を出さずに済んだのは、ちょっとした奇跡だった。けれど、もはや余裕なんて完全に吹き飛んでいた。
アワアワと口をパクパクさせる雪姫に、アリスが、ますますニンマリとした笑みを深めてみせるのだった。
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「……? おい、アリス。なんだよこれは。うつ伏せじゃあ、星なんて見えないだろ」
「寝返りだよ、寝返り。ちょっとくらい、いーだろ?」
アリスの突然の "寝返り" で、空から意識を引き戻されてしまった計佑。
流石にその状態は見過ごせずに注意したが、アリスは気にも留めない。
「……といってもなぁ。お前、ホントはもう眠いだけなんじゃないだろうな?」
今の状態では、計佑からはアリスのつむじしか見えない。
アリスの返事は一応はっきりしてはいたが、その頭は全然動かず、顔は横を向いたままだ。
まあ、アリスとしては雪姫の様子を楽しむのに忙しくて、計佑に視線を合わせないだけなのだけれど、
そんな事に気付く筈もない少年は、眠いせいで頭を動かすのも億劫なのか? などと考えていた。
「やっぱお前はお子様だよなぁ……なんだったら、無理しないでもうオネムしてもいーんだぞ?」
からかうつもりで、ニヤつきながらそう言ってみせた。
それに対して、アリスの事だからきっとキャンキャンと噛み付いてくるだろうと予測していたのだけれど、
「お子様、ねぇ……」
ようやく顔を上げて、計佑の顔を見上げてきたアリスの表情は、ニヤニヤとした予想外のものだった。
「なぁけーすけ、知ってるか? おねーちゃんって、実はアタシより子供っぽいかもしんないんだぞ?」
「はぁ? あるワケないだろそんなコト」
確かに、雪姫に子供っぽい一面がある事は知っている。けれど、いくらなんでもアリスよりなんて。
「ありえないですよねぇ、先輩?」
首を回して、雪姫のほうを向く。
「えっええ!? そっそうよねっ、ありえないよねそんなコト!!」
顔を向けた瞬間、何だか雪姫の顔つきが凄い事になっていた気もしたが、多分気のせいだろう。
今はいつも通り……いや、なにやら焦った様子なのがちょっと気になった。
「……どうしました先輩? なんかちょっと様子が……」
「なっなんでもない何でもない!! 私は全然平気だから!!」
ブンブンと首をふってみせる雪姫に、やはり不審感が湧いてくる。
──といってもなぁ……まさか、またアリスに妬いてるなんてコトはないだろうし……
……正解に一応辿り着きながらも、結局は否定してしまっている少年。
この少年は、先日の『いいよ。計佑くんは、思うままにアリスに接してあげて』
という雪姫の言葉を完全に鵜呑みにしていて、
もうアリスに対しては妬いたりしないだろう、などと思い込んでいるのだった。
「ふーん……ありえない、ねぇ……」
そんな言葉を呟いたアリスが、計佑の胸に頬ずりをしてきた。
『んなっ!』とばかりに雪姫の口があんぐりと開いたが、アリスに視線を戻した計佑は気づかない。
「……んん? どうした? お前がそんな風に甘えてくんのはなんか珍しいな……?」
いつもと様子が違うアリスに問いかけてみると、アリスはまた顔を上げて。
「……なんか、パパのコト思いだしちゃって……おじさん達の家に来てから、もう随分会えてないしさ……」
寂しそうな表情で、そんな事を言ってきて。また顔を計佑の胸へと乗せると、すぐに横──雪姫の方へと向けた。
そのアリスの表情を見た雪姫が、いよいよブルブルと震えはじめたのだけれど、この少年はやっぱり気付く事もなく。
──……そっか、先輩のお父さんも忙しいって話だったし……大人の男の人に甘えられる環境にないから……?
計佑としては、今日の事で改めて自分の小ささを思い知らされた訳で、
本当の大人みたいにアリスを包みこんでやれる気は、まるでしなかったけれど。
それでも、この人のいい少年は、せめて自分にできる事をしてやろう──そんな気持ちになっていた。
アリスの頭に手を乗せて。そして、精一杯の慈しみを込めて撫でる。
計佑が、アリスの頭に手を伸ばす時──それはどちらかというと、アリスを愛でるというより
アリスの髪の感触を楽しむという、自分の嗜好のための意味合いが強かった。
無意識の内に、アリスの髪をくるくると弄ぶことが多いのもその証拠だった。
けれどこの時、計佑はいつもとは違い完全にアリスの為だけを想って、精一杯の優しさを込めてアリスを撫でていた。
その手つきは、ホタルの頭を撫でている時と同じような──
そして、いつもとは違うその動きに……アリスの身体が、ピクンと震えた。
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──あ、あわ……あああ……!!
計佑の胸板に頬ずりをしてみせるアリスを前にして、雪姫は半ばパニック状態に陥っていた。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON