白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
雪姫とアリスがぎゃあぎゃあと騒ぎながら、向こうから走ってくる姿が目に入った。
──……えぇー……こんな早くから一体なにやって……
寝起きのローテンションな状態で出くわしたいきなりの騒動に、呆れを覚えてしまう。
昨夜は、随分と雪姫 (と結果的に計佑も) を振り回してみせたアリスの言動。
今日も、その勢いのまま絶好調のようだった。
「おっけーすけ、おはよヴぐっ……!」
軽く挨拶しながら計佑の横を駆け抜けようとしていたアリスだったが、
計佑に首根っこを掴まれ、声を詰まらせながら急停止する事になった。
「……はぁっ、はぁっ、はあ……あ、ありがとう計佑くんっ、捕まえてくれて……」
追いついてきた雪姫が、膝に手をつきながら礼を言ってくる。
計佑はそんな雪姫に一言朝の挨拶をしてから、襟を掴みあげたままアリスの顔を覗き込んだ。
「朝っぱらから騒ぎやがって……一体先輩に何やらかしたんだ?」
雪姫が血相を変えて追いかけ回すぐらいだ、相当なイタズラだろう──そんな風に考えている少年。
雪姫が余裕をなくすのは、大抵の場合計佑関連でしかないのだけれど、そういったところまでは相変わらず気づかない。
そんな少年の顔を見上げた後、雪姫に視線をやったアリスがニマっとした笑みを浮かべる。
「けーすけに話すつもりはなかったんだけどなぁ……こうして聞かれてるくらいだし、話しちゃってもいーい?」
「ばっ馬鹿言わないで!? 絶対ダメよっ!!」
慌てた雪姫が、アリスの口を塞ごうと手を伸ばしたが、
アリスはニヤニヤとした笑みのまま両手を持ち上げると──雪姫の顔の前でワキワキとさせてみせた。
「──っ!」
瞬間、声なき悲鳴を上げて、ビクッと飛び退いてしまう雪姫。
そのまま自分の両肩を抱いて、プルプル震え始めてしまう。
「ふっふっふ……おねえちゃん、また私とくすぐり合戦にチャレンジしてみる?」
「ひっ、卑怯者っ……! 私が勝てない事知っててぇ!」
勝ち誇るお子様に、悔しそうにしながらも震えて距離をとってしまう、高校3年生。
そんな弱々少女に、外見は小児の悪魔が更に嗜虐的な笑みを深める。
「じゃーどーするの、おねえちゃん。私のこと、叩いたりしてみる?
……優しーおねえちゃんじゃあ、そんなコトできないでしょお?
つまり、もうおねえちゃんはどうやったって私には勝てないんだよぉ?」
勝ち誇る小悪魔に、愕然とする雪姫。……けれどそこで、
『ビシッ!』
「いたっ!? なっ、なにすんだよっけーすけ」
アリスは計佑からデコピンをもらってしまった。
「なにすんだよ、じゃねーだろ。先輩に出来ないならオレが代わりに叩いてやるよ。
悪さしといて、謝るどころか脅迫するなんて……オレは躾に躊躇なんてしないからな」
「うっ……」
「け、計佑くんっ……!」
計佑に冷たい目で睨まれて、流石にアリスが言葉に詰まり、そして雪姫はパァっと顔を輝かせる。
……がしかし、この時の計佑は一方的に雪姫の味方という訳でもなかった。
「先輩も、もうちょっと落ち着いてください。
先輩がしっかりしていれば、子供にからかわれるなんて事にはならないハズでしょ?」
そんな風に諭され、てっきり全面的に庇ってくれるとばかり思って浮かれていた少女は、表情を一変させて。
「そっ……! それを計佑くんが言うの!? だって、アリスがこんな風になっちゃったのは計佑くんのせいなのにっ……」
駄々っ子がそんな風に言い訳したが、寝起きのせいでちょっぴり機嫌が悪い少年は、珍しく怯まない。
「そういや、昨夜もなんかそんなコト言ってましたけど……
じゃあなんでオレのせいなのか、ちゃんと説明してくださいよ?」
「……えっ? ……あ、えと。それは、その……」
説明を求められると途端に萎んでしまい、雪姫は頬を染めながらもじもじとしてしまう。
雪姫としても、本当は責任転嫁というか、殆ど言いがかりだと言うことは自覚しているのだ。
それに、あの日──アリスにからかわれ始めた──の会話を明かすということは、
お説教という名の嘘を被せて、アリスの行動を制限しようとしたりした恥ずかしい嫉妬の色々、
それも10年後の未来にすら妬きまくっていた事まで知られてしまう訳で──そんな事を、言えるはずもなく。
「……うう〜……」
少年に半眼で見下ろされて、結局唸るだけになってしまう雪姫。しかしそこで、目をキラリと輝かせる子供がいた。
「……わかったよ、けーすけ……ごめんなさい、おねえちゃん。なんか調子に乗りすぎてしまいました」
一瞬で怪しい目の光を消したアリスが、しおらしい顔を作ってそんな風に頭を下げた。
「わかればいーけど。朝っぱらから騒ぐのは流石に勘弁してくれよな……」
そんな風にぼやきながら、計佑がアリスの襟を離す。途端、アリスが身を翻して計佑に抱きついてみせた。
雪姫が『あっ!?』という形に口を開いたが、アリスはお構いなしに
「わかったわかったー! でも、けーすけってスゴイよな〜。歳上の相手でも窘められるんだもんな〜?
上辺だけ大人のフリしてるような誰かさんと違って、根っこが大人なんだよな〜」
そんな事を口にしながら、計佑のお腹に頬ずりをしてみせる。
……横目で、雪姫の様子をしっかり伺いながら。
そんなあからさまな当てこすりに、雪姫の頬がひくついて。
「はっ、はぁ? いやっ、オレも全然ガキだっての。お前の前では、強がってみせてるだけだぞ」
アリスの前では、確かにそんな風に振舞おうとしていた部分もあるけれど、
いざそんな風に褒められてしまうのも堪らない少年が思わず本音をぶちまけてみせたが、
「あはははは! けーすけは謙虚だなっ!!」
アリスが笑いながら飛び上がって、計佑の首に両腕を回し、ぶらさがってきた。
「ちょっおい! いきなり危ないだろっ」
子供とはいえ、流石に首だけで支えるのは厳しいので、アリスの背中に腕をまわして抱きかかえてみせる少年。
……お互いに腕をまわし合うという、昨夜以上に親密な形で抱き合う格好の二人に、
いよいよ雪姫の顔にヒビが入って。
「あ〜……なんか、けーすけのコト本気で好きになっちゃいそうだな〜?」
そんなセリフを、計佑の耳元で──雪姫の顔をニヤニヤと見つめながら──口にするアリス。
そんな子悪魔に、ついに雪姫が爆発する。ついさっき計佑に叱られた事など完全に吹っ飛んでしまい、
「アっアリスぅううう!!!!」
"こんなこと見せられて頭に来ねえ乙女はいねえッ!!" とばかりに、アリスに飛びかかった。
……けれど、アリスは今計佑にぶらさがっている状態であり、
そしてその土台となっている少年は、決して安定して立っている状態ではなかった。
そんなところに、もうひとり分の体重がぶつかってきてしまえば──
「ちょっ、先輩っ、あぶ──!?」
──無様に転倒する羽目になるのも、無理はなかった。
どうにか自分の身体を下にしてみせて、アリスや雪姫の身体を守ってみせたのは立派だったのだが、
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON