白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
「せめてもの情けだ。痛みは軽くにしておいてやる」
「待っ──!!」
言い終わる前に、軽く額を弾かれた──蹌踉めいて、立っていられずにストンと尻餅をついて。
……そして、それ以上は何も起こらなかった。
「……え……へ……?」
「ふん。今回だけは、でこぴんとやらで勘弁しておいてやる。二度と歳の事は口にするなよ」
半眼で見下されて、ようやく命拾いした事に気づいた少年は、
「は、ははは……き、肝に命じておきます……」
そのまま後ろに倒れこむと、大の字に寝転んで誓いを立てた。
「……まったく。正直迷っているのだから、こちらの自制心を無くすような言動は謹んでくれ……」
……そんな物騒なゴーストの呟きは、幸か不幸か、計佑には届かなかった。
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やがて、落ち着いた計佑が身体を起こすと、ホタルも隣に腰を下ろしてきた。
「……えっと。それじゃあ、本当は話って何なんだ?」
先の呟きが聞こえなかった少年は、"取り殺しにきた"
というのは完全に冗談だと捉えてそんな質問をしたが、返ってきたホタルの答えは意外なものだった。
「うん……一言で言うと、お別れの挨拶だな」
「え!? な、なんで!? だってお前……」
2日前の朝、『元の姿に戻っても、まだここにいたい』と望んでいたのに。
まあ、幼女の時と今では、心は別物と言ってもいいくらい変化してるのだろうから、
考えが変わっても何らおかしくはないのだけれど、いきなり切り出された別れには動揺を抑えきれなかった。
「あっ、榮治さんってヒトをまた探しに行くって事か? でっでも、時々は帰ってくるんだろ?」
「いいや、帰らない。今この時をもって、お前とは完全にお別れだ」
優しげな微笑を浮かべてこそいるが、その言葉は計佑をきっぱりと拒絶すらしているようなもので。
それに、絶句してしまう。
「……ふふ。そんな顔をするな。別にお前に腹を立てて去る……とかいう話ではないよ。
実は、呪いが解ける算段がついたんだよ。
……やっと。本当に、やっとだよ……ようやく、開放される時が来たんだ……」
計佑から目をそらしてどこか遠くを見つめるホタル。
勿論喜ぶべき話だったのだけれど、万感の想いを込めたようなホタルの呟きに、
気安い言葉をかける事は躊躇われて。
無言で見つめていると、やがてホタルがまた計佑に視線を戻してきた。
「そういう訳でだな。まくらには、お前から宜しく言っておいておくれ」
「えっ? いや、呪いが完全に解けるんだろ? だったら、ちゃんとまくらにもお前から話を……」
そんな目出度い話があるのに、それはちょっと薄情じゃないかと思ったのだが、
「……いや。今の私は、まくらと相対してちゃんとお礼を言える自信がない。
まくらにどれだけ助けられたかを思えば、失礼すぎる話なのだけれど、な……」
そう答えたホタルは、俯いて、どこか苦しそうで。
「……なんだ? まくらと何かあったのか……?」
雪姫への悪戯メールの件でちょっと揉めた事はあったけれど、結局はすぐに仲直りしていた筈なのに。
その後、自分が知らない間にまた何かあったのだろうか?
しかし、ホタルから返ってきた答えは、
「まくらと何かあった訳じゃない。強いて言えば、お前の存在のせいだよ、計佑」
じとりと睨まれてしまった。
「え? は? な、なんでオレの……?」
──な、なんだか最近、ワケのわかんない非難が随分と続いてないか……?
合宿中の、雪姫や硝子からのあれこれを思い出して頬をひくつかせる計佑に、ホタルが軽くため息をついた。
「大恩人であるまくらに対して、確かに酷すぎる話だとは重々承知しているさ。
……それでも、私よりずっとお前の心を占めている女だと思うと、どうしてもだな……」
「は? え? そ、それどういう意味だ?」
──心を占める? まくら以下である事に不満がある? それってつまり嫉妬とかいう事? でもなんで嫉妬なんて?
次々と疑問が湧くが、答えにはさっぱり思い当たらない少年がぽかんとしていると、
ホタルが今度は、大きくため息をついた。
「これでわからんとは、逆に凄いぞ……お前の方こそ、もしかして鈍くなる呪いでもかけられてるのか?」
「うぐっ……や、やっぱりそんなにヒドいか、オレ……?」
もはやはっきり自覚もしてはいる欠点。
幾人もの人達から指摘されたそれだが、また追求してくる人が増えた事に改めて凹み、
今度は計佑のほうが大きくため息をついた。
「まあ、酷いは酷いんだが……お前の場合、それ故の長所にもなりえているから、
全面的に悪いとも言い切れんかもな」
「……鈍いのに、長所にも……?」
ピンと来なくて首を傾げたが、
「……ああ、だが。やはりいくらかは気をつけたほうがいいかもしれんな。
その調子だと、お前その内、あの須々野という娘にいいようにされてしまいそうだ」
「へ? な、なんだそれ?」
続くホタルの言葉は、もっと不可解だった。
「あの娘、結構捻れそうな気配がある……こじらせると、今の私のような気性になりかねない」
「捻れ……? お前のような……?」
「まあ20年も生きていない小娘だ、当分はそれほど面倒な事にはならんだろうが。
それでも、私より余程聡そうな娘だ。
……あの手合が覚悟を決めたら、天然のお前たちでは相当愉快な事になるだろうな」
「は、はあ……?」
くくっ、とホタルが意地の悪い笑い方をしてみせるが、計佑には最後までよく分からなかった。
もう少しわかりやすい解説を頼もうとしたが、ホタルにはもうその話をするつもりはないようだった。
計佑から視線を切ると、その身体をふわりと浮かび上がらせ、そして手足を伸ばして地に降り立つ。
計佑もまた立ち上がろうとして、
「ああ、そう言えば……お前との約束、破った事を話していなかったな」
「え? 約束?」
どこか遠くをぼんやりと見つめながらの、
とるに足りない話だと言わんばかりのホタルの口調に首を傾げながら立ち上がりきったところで、
「ヒトに悪戯するな、というやつだよ。ついさっき、あの女に仕込んでしまった」
「なっ……!?」
あの女──ホタルが敵視している相手と言えば、一人しか思い当たらない。
一瞬でカッときて、ホタルにつかみかかった。
「おいっ、何だよそれ!! 先輩のことか? 先輩に一体何したんだ!!」
「……別に大した事じゃない。せいぜい、悪夢の一つでも見る程度の──」
「程度なんて聞いてない!! なんでお前、いつもいつも先輩にだけそうやって……!!」
冷めた目で見上げてくるホタルに、怒りが更に膨れ上がる。肩を掴んだ手に力を込めて、
「──そんなにあの女が大事か」
その瞬間、掴みかかっていた手にバリっと強烈な痛みが走って。
静電気を十倍かにでもしたかのような激しさで、バチン! と手が弾かれた。
「づっっ! ぐ……!!」
ビリビリと痛みに震え続ける両手を見下ろしていると、ホタルの冷えきった声が降り掛かってくる。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON