白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
「何故か、だと? 憎いからに決まってるだろう。憎くて憎くて、百回殺しても飽き足りなそうだ。
……お前のそんな反応を見せられて、ますますその欲求が高まってきたよ。
今からでも、あのぶくぶくと膨れ上がった胸を抉り取ってきてやろうか」
「ふっ……ふざけんな、よ……!!」
物騒すぎるセリフを吐かれて、黙ってはいられなかった。
未だに震え続ける重い両腕に引きずられて、中腰の姿勢のまま見上げて、
「……ひっ……!?」
悲鳴が漏れた。
──ホタルの首から上が、ぐにゃぐにゃと蠢いていたからだ。
陽炎のように霞んだかと思えば、
縦横にぐにぐにと伸び縮みをも続ける頭部。その変形につられるように形を変える顔のパーツが、
顔中を這いまわり続けたりもして──もはやまともな表情など見るべくもないホタルの顔。
ホラー映画のCG演出でしかお目にかかった事がない現象を目の当たりにして、完全に凍りついてしまう。
そんな化け物を前にして、無力な少年が出来る事は腰を抜かす事くらいしかなさそうだったが、
顔中を動きまわる眼から、憤怒、嘲笑、そして──殺気までをも含めた光が放たれている気がした少年は、
ガクガクと震える膝にようやく痺れがとれてきた両腕をついて、どうにかへたり込む事は回避してみせた。
「ささ、させねぇぞ、そそんなコト……」
ガチガチと歯を鳴らしながらで、呂律も回らなかったがどうにかそう口にして。睨み上げた。
今、自分が引き下がったら、本当に雪姫を殺しにでも行かれそうな気がして──
その恐怖は、目の前の怪物に対するそれより大きくて、どうにか踏みとどまらせていた。
そのまま睨み合いがしばし続いて、やがて先に折れたのは──
「……そんな目で睨むな、流石に傷ついてきた……」
拗ねたような声が聞こえて、ホタルの顔が一瞬で元のものに戻った。
のしかかってきていたプレッシャーも霧散する。
「ぶはあっ……! はあ、はあっ……!」
滞っていた呼吸が回復して、膝に手をついたまま大きく呼吸を繰り返す。
「……別に本気で言った訳ではないのに。
憎いのは確かだが、そんな危険なんて冒すものかよ……
確かに "ほらあ映画" の真似事もやってはみたが、
本当に化け物でも見るような目で睨んでくるなんてあんまりだろう……」
「はあ……はあ……っ」
「……私の気持ちも考えてみろ。
こっちは100年想い続けているのに報われていないんだぞ……?
なのに悪夢一つで堪えているのだから、むしろ褒められてもいいくらいじゃないか……」
ぶつぶつと呟き続けるホタル。いつもの大人びたオーラは完全に消え、
外見年齢そのままの幼さを感じさせる佇まいは、完全に拗ねた少女のもので。
それでも、心臓すら止まりそうだった恐怖から開放されたばかりの少年に、その言動を認識する余裕はなかった。
「はあ、は……こ、これだけは絶対折れる気はねーぞ……先輩を元に戻せ」
ようやく膝から手を離して、姿勢を戻してから言い放ったが、
「断固、断る」
そっぽを向いたホタルの返答は、取り付く島もないものだった。
「な、なんでだよ……先輩が、お前に何したって言うんだよ……」
困り果てて、縋るようにそう尋ねるとホタルが顔を戻してきた。
唇を少し尖らせたその不満そうな顔は、初めて見るような子供っぽさで、少し意表を突かれる。
「……あの女は、榮治さんと他の女の間に出来た子孫なんだぞ。初めから、好きになぞなれる要素がないんだよ」
「えっ……い、いやそれは……でっでも、逆に考えたら、榮治さんの血を引いてるってコトだろ?
それに愛しさとか感じたりしないのかよ?」
強烈な嫉妬を伺わされて一瞬怯んだが、食い下がる。それでも、
「そういう風に思える女もいるだろうな。だが私は嫉妬しか覚えない気質だ」
バッサリ切り捨てられてしまって、もう何も言えなくなってしまった。
力ずくなど絶対不可能、言葉を尽くしても駄目なら、
あとは土下座でもして縋りつくしかないのか──そんな風に考えて俯きかけていたら、
ホタルが眉をひそめて困ったような声を出した。
「そんなに悲壮な顔をするな……さっきも言ったが、悪夢の一つ程度だぞ?
……それに、考えようによっては、あの女の為になる贈り物と言えなくもないんだからな」
「えっ!? な、なんだそれ。どういうコトだよ」
「前にも少し言った事はあると思うが、私が深く干渉出来る相手はお前か、まくらくらいだ。
お前が危惧しているらしい、深刻な呪いみたいなモノをかけたりなんてそもそも不可能なんだよ。
だがまあ、全く何もせずにいるというのも耐え難い。
そこで、私が世界を渡った時の残滓というか──まあ私にしか認識出来ていないモノだが、
世界同士を繋いでいる糸のようなものがあるんだよ。
それを使って、まず向こうの世界のあの女を探しだしてだな──」
そこまで語って、ホタルがぴたりと口を止めた。
しかし計佑に先を促す事は出来なかった。
……ここまでの時点で、もう理解が追いついていないからだった。
「……これ以上語っても、どうせ理解出来んだろう? それにもう、あまり時間もなさそうだ」
ホタルが、またどこか遠くを見やりながらそんな風に説明を切り上げてきて、
「そ、そうだな……確かに何か難しそうだ……じ、じゃあ信じるぞ? ホントに先輩の為にもなる事なんだよな?」
やはり不安で、つい念を押してしまうとホタルが苦笑を浮かべた。
「為になる、という言い方は少し違ったかもしれんが……とにかく、今のお前達なら何の問題にもならんさ」
答えたホタルの身体が、宙に浮き上がって。目線の高さが計佑と同じになった。
「…………」
「な、なんだ?」
無言でじっと見つめてくるホタルに戸惑う。尋ねると、ようやくホタルが口を開いた。
「なあ……計佑。お前は今、幸せなんだよな?」
「え? そ、そりゃまあ……幸せだー! って思うような事ばっかでもないけど、
特に不満もなく生きてられるんだから、十分幸せだろうとは思う、かな……」
いきなりの質問に、確信がないながらもそんな風に答えると、ホタルがため息をついて天を仰いだ。
「……不満がない、か……はあー……やっぱり連れていくという訳にはいかない、か……」
そして仰いでいた顔を戻すと、
「本当は、たった今までお前を殺してしまうかどうか、まだ迷っていたんだがな」
いきなりとんでもない爆弾を落としてきた。
「へっ……え!? えっえええ! な、なんで……あっ、やっぱり添い寝の事怒ってたのかっ!?」
理由はそれしか思いつかなかったのだが、
「ふふっ……だからそれは違うというのに。
……本当、壊滅的に鈍いところも変わっていないよな、お前は……」
笑われてしまった。
……けれど、その笑みは今まで見た中でも一番優しげで。
──な、なんだ? 殺したいなんて言っておきながら、なんでそんな笑顔なんだよ……?
訳がわからず戸惑っている内に、ホタルの言葉が続く。
「あの世なんてモノがあるのかどうか、確信は持てないが……
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON